Ricominciare, aprile 2013

WLiveWriter でいくつか書いたもの、
アップして非表示にしたり、 まだアップしていなかったり。
大きな仕切りなおしのとき。

とにかく気持ちをやりすごして、慣れていくこと。
新しい、これまでとは少しでも違う環境に整えること。
I君がいない空白にすさんだものではなく、
フレッシュで前向きなものを付加していくこと、 つくりなおしていくこと。
それは、彼に対する矜持のようなもの。
そういう過程を経て、ricominciare すること。 生々しさの残る部屋を片付け、日常の痕跡を過去のものに、 思い出に変えていくこと。 掃除をし、けっこうなゴミを捨てている。 家の汚れ方は10分の一くらいになりそう。 機械類ゴミ、粗大ゴミも捨てること。 仕事にも、読書にも、書くことにもあまり身が入らないのも予想外。 ぼちぼちやろう。

エジプトからこっち、かろうじて新聞を読んで、 WEB刊にスクラップするのみ。 FBやTwitterをチェックする気にまったくならない。 なので、NAVERまとめもエジプト出発を最後に止まっている。 これをどうしたらいいのか。

福島の事故はまったく収束していないのに、 安倍政権は産業界と手を結び、再稼動しようとしている。 国民は目先の経済再生を望み、それが叶いそうだと、臭いものに蓋をした。 またもや見てみないフリを決め込み、問題を丸投げし、先送りにして平然としている。 なんという情けない国かと思う。 原発にはこの国の問題の全てがある。 それに向き合えないという、この国の情けなさ。

かねてから絶望感が一層深まっていることが、 私の気持ちも内向きにさせる。これもかねてからのものだけれど。 エジプトで、エジプトのようなところにいると、 日本であれこれ考えていたこともろもろ、嘆きや絶望さえもがどうでもよくなると思った。 あの感覚が、私の深いところに根を張っている。

この間、4冊の本を読んだ(読んでいる)。 女ノマド、一人砂漠に生きる 世界の果ての夢、タンジール イスラムから世界を見る アラビア遊牧民 三冊目は1965年の、本多勝一氏による、 アラビア半島のベドウィンのフィールドワーク。 一度読んでいる? まったく記憶にない。 でもこのタイミングでないと、入ってこなかったのかもしれない。 いずれも感想メモを書いておきたいんだけれど。

世界の果ての夢…は、訳者による『モロッコ流謫』も少し前に読んでいて、 こちらもメモしていない。 このあとはボウルズを読みたい。 エジプト後の風邪がまだ尾を引いている。 おととい、昨日と花粉症症状もかなり悪化。 三日外出したせいか? 九州がひどかったのか、 それとも、帰ってきた静岡がひどいのか? N耳鼻科で漢方が出て、今日は落ち着いている。

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