『イスラーム的』世界化時代の中で

大塚和夫 NHKブックス 2000.11

しばらく前に読んだもの。9.11の直前の刊行。
なかなか示唆に富んだ考察。
9.11後は著者のこの時点での認識から後退しているけれど、
「アラブの春」後はどうなのか。
「イスラム復興」の積み重ねによる「勝利」と、
それに対する反や異議の動きもまた、
イスラム社会内部に見られるような気がする。

以下、とりあえず付箋部分のメモ。

もし、、今日のイスラーム世界における宗教への回帰が一部の過激派の運動だけならば、おそらくそれは早晩消え去っていく一時的な現象と見なしてよいであろう。しかし、その底流に、一般民衆の日常生活に浸透した「イスラーム復興」の大きなうねりが、さほど人目を引かないがより深刻な影響力をひめて蠢いているとしたならば、それはこれからのイスラーム世界、ひいては地球化(グローバル化)が進行している日本をも含む世界情勢を考えていくうえで無視のできない、きわめて重要な要因と考えられよう。

(サウディアラビアの厳格なヴェール着用とカイロの緩やかさに言及したあと)
ただし現時点からあらためて回顧すると、その現象はその後のエジプトにおけるヴェール着用者の増加の傾向を予告するものであった。実際、1980年代にかけての期間に、とりわけ都市部煮の比較的若く高学歴の女性の中から、ヒジャーブなどを着用する物の数が著しく増加したのである。その中には急進的イスラーム主義に同調する者もいたが、多くはむしろ過激な武装闘争からは距離をおいていた。

(イスラーム近代化の動きのひとつとして、スーダン北部のマフディストの村で、1986年秋のフィールドワークから)
その小冊子においてサーディクは、マフディストにふさわしい「慣習」のあり方を説き、その遵守を勧告している。そこに記された「助言」には、先にあげたような儀礼の簡素化につながるもの、たとえば結婚式の費用の節約や祝宴の制限、葬儀の規模の縮小や期間の短縮などが含まれる。そのほかに、少女に過酷な身体的・精神的苦痛を与えるファラオ式女子割礼、さらに入れ墨などの身体変工といった「慣行」の禁止も説かれている。サーディクによれば、それらは元来イスラーム的というよりも、スーダン的伝統にもとづく慣習であり、したがってムスリムの生活から放棄されるべきものだというのである。

(問題の構図)
イスラームは根本において、聖俗を分離しない。さらに、ムスリムの生活上の規範となるシャリーア(イスラーム法)は、宗教儀礼の側面のみならず、われわれの用語によれば刑法・民法・商法などと呼ばれる分野、さらに社会生活を送るうえででの倫理・礼儀・エチケットなどと見なされる領域をも包括する。その意味でイスラームは、われわれの考える(狭義の)宗教というよりも、信者の社会生活を包括的に規定する生活様式、さらには文明と呼んだようがふさわしい。したがって、イスラームが「政治」の世界に介入するのも、むしろ当然のことといえるのである。

一般にエジプトの宗教復興の契機は、1967年の第三次中東戦争の大敗北にあるとされている。それ以降ムスリムだけでなくコプト・キリスト教徒の側にも、脱宗教的なナショナリズムより、宗教に関心を寄せる者が増え、宗教的儀礼、修行の実践に熱心なものが増加してきた。確かにムスリムの青年層で五行の実践を遵守するものやあご髭を伸ばす者が目立つようになったのもこの時期である。だが、より劇的なイスラーム復興の例は、やはり女性のヴェール姿の増加である。

・・・ここで確認しておきたいことは、今日のヴェール着用は、祖母や母の時代のそれへの単純な回帰ではなく、むしろ「現代的」現象であるということである。マクラウドの言葉を使えば、「再ヴェール化」ではなく、「新しいヴェール化」なのである。つまり「前近代的」な慣習への復古ではなく、むしろ「近代的」な「発明された伝統」であると言う点が強調される必要がある。

さらに注意すべきは、このオブジェクト化がもつと思われる「政治的」意味合いである。確かに、・・・イスラーム政治理論は原理的に「盛況一元論」とでもいうべきものであり、そこでは「近代的」な政教分離原則は基本的に見いだせない。だが、西洋を中核とする「近代世界システム」に取り込まれた後の「近代」イスラーム世界において、植民地化とそこからの独立を求めるナショナリズム運動、さらに独立後の「国民国家」形成過程において、多くのムスリムは否応なく「政教分離」を原理とする近代政治イデオロギーの「洗礼」を受けることになった。近代教育を受けた者ほど、同調するにせよ反発するにせよ、それから強い影響を与えられたことと思われる。
私が「イスラーム主義」という言葉を用いる場合には、このような歴史的・社会的文脈が前提となる。

・・・「ファンダメンタリズム」という統一的ラベルを貼ることによって、さまざまな対象をすべて単一の「敵」と見なし、いかなるだんなt手段も許容するという事態が、そこここで生じているのである。「ファンダメンタリズム」というラベルはある種類の「他社」を差別化する記号となり、その対象を別紙そして適視し、その「危険」を取り除くためにはいかなる対抗手段を取ることも承認する手形の役割を果たしている場合もあるといえよう。その意味において、「ファンダメンタリズム」という言説は、それを用いる者の属している世界において、きわめて効果的なイデオロギーとしての役割を果たしているともいえるのである。その点で、「反ファンダメンタリズム」の言説のなかに、サイードが批判した意味での「オリエンタリズム」の影を、一部かいまみることも可能なのである。

中東のみならずグローバルなレベルで、マルクス主義的な「階級闘争」イデオロギーでは世界を説明できないという機運が高まってきた今日、それに代わって文化・文明の絶対的差異を強調する宗教的ファンダメンタリズムや(エスノ)ナショナリズムの勃興が注目を集めている。ハンチントン論文は、このようんば現代の「気分」、すなわち文化・文明(民族、宗教など)間の対立が人びとの世界認識においてかなり重要な位置を占めるようになってきたこの時代の雰囲気に。きわめて適合的な説明を提供していると思われる。いわば、彼の議論は「文明論」とはいえなくとも、世界各地で日々生じている衝突・紛争を「文化・文明間の差異」にもとづき説明しようとしる今日の「気分」を、見事に表現しているのである。

まず確認しておきたいことは、文化・文明といった単位は、あくまで自他の境界設定によってはじめて確定されるものであるという事実であrる。自文化と異文化の関係で考えてみると、しばしば、客観的な異文化が独立して存在しているような議論にお目にかかることがあるが、自分の属している文化なるものは、あくまで他の文化との対比によってはじめて意識されるものである。・・・常識手に考え、自他の関係は敵対的な場合もあれば友好的な場合もある。確かにウマがあわない相手もいるかもしれないが、すべての他人と衝突ばかりしていては、日々の生活ができないことも事実であろう。
ハンチントンの議論に欠けているのはこの「常識」であると思われる。グローバル化がいっそう進行している現代において、・・・最初から自立した客観的文明単位なるものがあるのではない。その意味で、分目・文化はあくまで関係性にもとづく概念なのである。関係が重要なのだとしたならば、そこには対立の契機と共に友好・共存の契機も含まれるはずである。それなのにあえて「衝突」の側面のみを強調し、それが運命的であるかのように主張する議論は、…文化・文明に内在的な論理の考察とともに、それらのあいだのさまざまな係わり方と学問的に考察する文化・文明研究とは異質なものであろう。
そのことは、ハンチントンの「文明」概念に「歴史性」が欠如していることと密接な関係にある。文化・文明は、他との関係において「歴史的」に形成され、確立されると共に、時代と共に変容する可能性をもつ。

ここで私が何を言いたいかと申しますと、「イスラム原理主義」という形でわれわれが問題をとらえていった場合には、基本的に過激派、武闘派の動きしか目に入りません。しかし、そういう動きとは底流ではつながっていると思われるけれども、しかし現象面では一線を画し、そして時にはそういう動きに反対するような人々から構成されるz年タイ的なイスラーム化の潮流があるということです。このような現象をさして小杉氏は「イスラーム覚醒」とか「イスラーム復興」という言葉を使っていますkれども、そういう動きがとりわけ70年代以降顕著になってきている。したがいまして、今日のイスラーム世界の動向を、イスラム原理主義=てろりずむ。武装闘争という用語のみでとらえたならば、18世紀以降と思われる、大きなイスラーム化の流れというものを見逃すことになるのではないか。つまり、もし現在イスラームの世界で起きていることが、「イスラム原理主義」と呼ばれているような小数の人々による過激な武装闘争だけであるのなら、それほど大したことはない。しかし、1970年代以降、こういう穏健なイスラーム化、社会の底流亜kらのイスラーム復興という現象が、過激な「原理主義」の運動とは一線を画しながら観察できる。これは21世紀の世界のあり方を考えるうえでも、十分に注目していかなければならない事実であろうと考えます。

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