『一神教と国家』

★一神教と国家 — イスラム、キリスト教、ユダヤ教
内田樹 中田考 集英社新書 2014.2.

出てすぐに読んだのだがあまりにすらすらと読んでしまい、感想メモも書かずにいた。
この度再読したので簡単に。
この対談は、米国型グローバリズムに反対する内田樹氏と、カリフ制復活を提唱するイスラム学者&イスラム主義者中田考氏によるもの。
両者の共通分母は近代国家は諸問題を抱え制度疲労を起こしている、何とかせなあかん、という一点である。

内田さんは、グローバリズムによる格差拡大で弱者が犠牲を強いられ、社会が不安定化している、だが、なんとか現行の諸制度を使いまわし、手当てしながら、国家なり国際秩序を維持していくのがいいだろう、という考え。

かたや中田さんは、イスラムは本来的には弱者保護や相互扶助の点で優れた真のグローバル性を有しており、まずはモロッコからインドネシアに至る16億人のイスラムがEUのように緩やかに繋がるのがいい、そのための制度がカリフ制なのだという。この域内で国境がなくなり、自由に人やモノやカネが動くのは、確かに大きな経済発展と安定をもたらしそうだ。内田氏も、近代国民国家イデオロギーに対するオルタナティブとして期待を寄せる。

理念的にはまことに頷けるものだが、ただし今のイスラム世界は様々な政体の国民国家が林立し、政体だけでなく宗派で対立していたりする。また、自国の国益から断固反対するだろう湾岸の富める王国や首長国だけでなく、政教分離近代国家としてEU入りを目指すトルコや、「アラブの春」後の不安定化からの脱却が当面の(相当な困難を伴う)課題である国々も多く、これらが共通の利益を目指すというのは、かなり難しいだろう、壮大な構想ではあるけれど現実味はないよなあ、と思っていた。

それがこの4か月後に、カリフ制を名乗るイスラム国(IS)が出現してしまったのだから驚いた。もちろんISはまだどこの国にも承認されておらず、カリフ宣言を行ったバグダーディ師も、イスラム世界においてカリフとしての承認を得ているわけではない。いずれの承認も今後得られる見通しもない。それでもカリフ制は、全く荒唐無稽で懐古的な復古運動などではなく、イスラムの地下水脈としてアクチュアルに存在していたのだ、ということはわかったし、今現れているものが手法的には受け入れがたい「国」ではあるにしても、少なくとも領土と国民と法や制度を保持した「国」として出現したことの意味は大きいと思った。

ということでこの対談本は、「カリフ制」だけでなくイスラムの入門書としてもわかりやすいし、今中東で起こっていることを、「アラブの春」やそのもう少し前(アメリカのアフガン侵攻とイラク戦争くらい)まで遡って、関連する一続きの問題なのだということを理解する上でもおすすめの本である。

もちろん、現在進行形の「アラブの春」後の安定化の困難性や、シリア・イラク・ISの泥沼のような戦闘の現況、その根本的な問題点の整理のためには少し物足りなさはある。それでも、末尾の中田さんの補遺 — 中東情勢を理解するための現代史– とか、内田さんの、「何故イスラム世界では国民国家が独裁化するのか」という質問に対しての、「イスラムの部族社会の悪しき面と国民国家の悪しき面が結びつきやすいのだ」という中田さんの答えは随分参考になるように思う。

上に二つ挙げた、北アフリカから中東イスラム世界を覆う暴力的な紛争を伴う問題は、実は同じ一つのおおきなうねりなのだと私は思っている。彼らは自分たちの国を、米欧の新植民地主義の支配ではなく、親米欧政権の独裁利権的な不平等な国政でもなく、作り上げようとしているのだ。

私は以前は、そのための手段は世俗主義だろうとナイーブにも思っていた。だからエジプトの若者たちが二度目のデモによる政変でムスリム同胞団にノーを突きつけたとき、今度こそ真の民主革命であってほしいと願った。が、結果は違った。過渡期という見方もあるけれど、世俗というと軍政しかないということの意味には深く考えさせられたままだ。

何故イスラム世界にはイスラムと軍という二つの政治勢力しか存在できないのか。これらの地域が遊牧民的な部族社会を強固に保持していることと、やはりイスラムの強さを、思わずにいられない。イスラムを簡単に政教分離など出来ないのだということを、私たちのように国民国家イデオロギーの下に宗教を置くことの絶対性を微塵も疑わない人間はなかなか呑み込むことが出来ない。でも、その困難な思考を手放してはいけないのだと思う。

p.s.

この本が出た時と今で異なってしまったことのもう一つが、中田孝氏の知名度である。イスラム金融などをめぐって少しづつメディアへの露出が増えてはいたのだが、今月初めに北大生のイスラム国参加計画にかかわったとして、あらゆる媒体にデビューしてしまった。そこで流された中田さんの「トンデモ悪者ムスリム」という誤ったイメージをただすのにも、良い本である。

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