『望遠ニッポン見聞録』

ヤマザキマリ/著 幻冬舎 2013.3.9

『テルマエ・ロマエ』の作者による外から見た日本(人)肯定論。
これまで否定的に言及されてきたことも、ヤマザキさんによると、
「けっこういいよね日本(人)て」ということになる。

印象深かったのは、90年はじめのころの、
日本人とアメリカ人オバサン観光客(50-60代)の対比図。

米・・ノーメイクの日焼けしたそばかすだらけの肌にタンクトップと短パン、サンダル履き、サングラスに眉間のシワ →「男か女かわからんささくれたオーラ」

日・・UVメイクに帽子、斜め掛けショルダーにウェストポーチ、ウォーキングシューズ、両手にブランド店のショッピングバック → 「しあわせオーラ」

漫画家ならではの比較イラストの上部に、
「果たしてどちらのオバサンが旅をエンジョイできるでしょう!?」とある。

それまで何かと窮屈だと感じていた日本を寛容な目で改めて見るようになったのは、おそらく(イタリアで想像を超える極貧生活をしていた)この時期だったと思う。1990年代初頭、貧困、そして当時参加していた若者の社会思想運動と画業の苦しみの狭間で心身ささくれ立っていた私は、イタリアを訪れてくる日本人観光客の幸福に解き放たれた顔を見て、心底癒されていた。私は本当はこの国の人なのだと思うと、いろいろと夢と希望も湧いてくる。皆、塊になって連なって、何の不安も恐怖心も社会に対する憤りもなく海外旅行を楽しんでいるその様子はとても平和だった。

ヤマザキさんの日本(人)肯定論には、日本をぐるりと一周して眺めているようなところがある。でもその一周は、決して同じ位置に戻ってきた一周ではなく、たぶん螺旋を描いた一周なのだ。日本はすぐそこによく見える。でも実際彼女は遠くにいるのだ(ゆえに、ある種の余裕もある)。だから半歩視点をずらした、日本(人)の観察にもなる。この距離とずらしがあればこその、日伊両国で受けている(らしい)『テルマエ・ロマエ』なのだろう(私は読んでも観てもいないんだけれど)。

しかし、「皆、塊になって連なって、何の不安も恐怖心も社会に対する憤りもなく海外旅行を楽しんでいる」は、どちらかというと肯定というより否定に、少なくとも皮肉な文脈に連なる。それを「幸福」と「平和」と「夢と希望」に連ねるきしみ感が、面白い。

このイラスト図を見ていると、1990年当時のイタリアブームを思い出す。あのころ、女性誌は輪番制でイタリア特集をやっているかのように、毎月どこかの雑誌に、イタリアが美しいカラーページで紹介されていた。それらのページを飾るのは、なんといっても、服やバッグやアクセサリー等の、ブランドファッショングッズ。

だから、ヤマザキさんによるしあわせオーラの日本人女性図は、けっこう生々しく記憶にある。その姿がまた、イタリアではかなり目に余るものであったことも。
挨拶もなく無言で店に入ってきたかと思うと、断りもなくべたべた商品に触る日本人観光客の姿に、露骨に顔をしかめるイタリア人店員の顔を、私はよく覚えている。憤りと蔑み、でも客にそれをストレートに出すことは許されない。しかも相手はうるさいことは言わずにほいほい買ってくれる上客である。それでも、正直な彼らは、鬱屈を顔に滲ませてしまうのだ。

だが、イタリア人はやさしい。融通もきく。やがて彼らも学んだのだ。これが日本人なんだと。そして受け入れた。かつてアメリカ人を受け入れたように。

何といってもグッズは、その価値を認めるのにたやすい。たとえば石造りの教会を、これはルネッサンスであれはバロック、と案内されても、どちらも仏教寺院とは似ても似つかない同じような教会であることに変わりはない。キリストの磔刑図や聖人の図も、作家の名前で言われても、みな似たような宗教画である。聖書の物語として読み解くこともできず、聖人の謂れや違いも判らない。

それに比べて、グッズのなんとその価値のわかりやすいことか。しかも女性誌でさんざん学習を済ませている。ブルガリとフェラガモの違いなど一目瞭然である。私たちがグッズに群がったのも、仕方のないことではあった。

グッズに加えてもう一つ、その価値がわかりやすいものにグルメがある。イタリア料理は、ナポリタンの昔からすでに日本食化していたけれど、あのころ、日本全国津々浦々に爆発的に、イタリアレストランが増えたのだった。

だから観光で出かけたイタリアで、日本人は喜々として「本場のイタリア料理」を注文した。だがそこには、ショッピングの現場での戸惑い以上に、こちらはイタリア人だけではなく日本人のほうにも、戸惑いがあった。

まず量である。一人前の量がイタリアでは多い。加えて本場のイタリア料理は、前菜、プリモ(パスタやスープ)、セコンド(肉や魚のメイン料理)と、皿数も多い。これを順番に食べていく、というのも日本にはない習慣であるが、残すのはもったいない、失礼である、という気持ちから、前菜一皿、プリモ一皿を分け合って食べるような人たちが出現する。この、一皿を分け合うというのが、イタリアにはない習慣なのであった。

レストランで、恋人たちや親しい友人同士、家族が、味見として相手の皿にフォークを延ばすことはある。けれども、一皿を分け合って二人(以上)で食べる、というのは考えられないことであった。もしかしたらこれは、スパゲッティをおそばのように、スープを味噌汁のように音をたててすする以上に、イタリア人には信じられないこと、であったかもしれない。

だがこれも、彼ら(カジュアルなレストランやトラットリアに限るけれど)は受け入れた。今では黙っていても、取り皿を持ってきてくれるような店もある。

彼らが受け入れてくれたのなら、このうえは私たちも少しだけ、彼らの流儀に敬意を払えば、あとは何の問題もないであろう。買い物で店に入ったら挨拶を交わす。こんにちは、でかまわない。あとは、見ていいですか?と身振りで示す。
レストランでは、量が多いと食べきれないので、半人前にしてくれますか?と聞いてみる。簡単な英単語を並べれば、彼らはわかってくれる。

それに今では、日本人も変わった。「私、ブランド品には全く興味がないんです」というようなイタリアファンが、増えてきているように思う。イタリア人以上にイタリア美術や歴史に詳しいイタリアオタクとか。これもまた(イタリアと日本にとって)いいなあと思う、今日この頃である。

 

 

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