『わたしって共依存?』

『わたしって共依存?』 河野貴代美/NHK出版 2006.5

著者には、ジェンダーやフェミニズムの視点からカウンセリングを行っている人として、
ある種のシンパシーを持っていた。
それから、森瑶子のセラピストだったことでも記憶に刻まれている。
セラピーの経緯は森瑶子自身が、
『夜毎の揺り籠、舟、あるいは戦場』に書いた。
と思っていたが、これはセラピーを元に書いた小説で、
経緯は『叫ぶ私』だった。
が、いずれにしても、これらの作品は、私にとって、
森瑶子の著作のなかでも『情事』に継ぐインパクトを持つものだ。

ただ、この本は、著者の言葉がすっと体に入ってくるものではなかった。
何故だろう、と考えている。

この本は、河野さんが、ある映画が「共依存」という言葉を付与されて上映された結果、
女性からの「共依存」に絡めた反応がかなり多かったことに驚き、
そこを出発点に書かれたものだ。

驚きとは、カウンセリングの専門用語である「共依存」という言葉が、
これほど多くの人にいきわたっている、というところにあった。
河野さんに言わせれば、人間なら誰でも互いに依存しあっているもので、
その点にこれほどセンシティブにならなくてもいいのではないか、
ということになる。

誰もが何かに、あるいは誰かに依存している、
それは病理などではない、という点は、私も同意見だ。
そして著者は、映画や文学作品に見る「共依存」の様態を解説する。
その多様性と、そこで「共依存」を生き延びていくひとびとの姿。

けれども、「共依存」ゆえに生き難い人がいることも確かなのだ。
そのような人たちのための自助グループを紹介して、
この本は終わっている。
依存も共依存も、それが社会的な問題であるという指摘、
またそれが家族の問題でもあるという指摘も、
その通りだと思うんだけれど。

 

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