女の美学に殉じたひと 『小さな貝殻』

『小さな貝殻―母・森瑤子と私』 マリア・ブラッキン 新潮社/1995.12

森瑶子が亡くなって二年後、次女マリアによって書かれた追想記。
ここまで暴露しなくてもいいだろう、
というような感想がどこかにあったけれど、
私はあまり暴露的とは思わなかった。

娘は、華やかな作家森瑶子を尊敬し、あこがれながら、
同時に、マサヨ・ブラッキンの、ときに苦しみに満ち、
ときに喜びに満ちた母としての姿、妻としての姿を、
幼い頃から見つめ続けてきた。
彼女には、二つの像をひとつに溶け合わせて、
胸の底に鎮める必要があったのだと思う。 冒頭に、彼女が10歳の頃の壮絶な夫婦喧嘩の様子が描かれている。 実に鮮明だ。 それだけ強い衝撃だった、ということだろう。 父は母を平手で殴り、母は離婚を口にした。 子どもたちの目の前で母を殴った父を、娘は激しく糾弾する。 『情事』でデビューしてから、数年後のことではないかと思われる。 夫婦の関係がかなり綻んでいたのは確かだろう。

森瑶子は、「自分を下敷きにして小説を書く」と言っているが、 『情事』において既に、夫婦の感情や欲望のすれ違い、 妻の飢餓感と荒廃が描き出されている。 娘マリアの追想には、一時期父に愛人がいたこと、 母も常に父以外の男に恋をしていたことが記されている。

夫婦喧嘩は絶えず、離婚は何度も宣言され、そのつど撤回された。 何故母は父と別れなかったのだろう、それを知りたいと娘は思う。 それは、母が、もし夫との確執からさっさと抜け出していたなら、 こんなに早く死を迎えることもなかったのではないか、という疑念(と無念さ)に繋がる。

私も、何故別れなかったのかを知りたかった。 『夜ごとの揺り籠、舟、あるいは戦場』と、『叫ぶ私』を再読してから特に。 夫が妻を殴ったとあるのは、冒頭のシーンだけである。 これをもってDVであると断定することができるのかどうか。 私にはよくわからない。 妻は夫を殴り返そうとしているし(よけられて果たせず)、 娘たちを置いたまま直ちに家を出て、一ヶ月も戻らなかった。 一般的なDVの耐える妻というイメージとは、少し違うようにも思う。

ひっかかるのは、マリアさんが、「子どもたちの目の前で殴ったこと」が許せない、 と言っている点だ。 子どもたちの目に触れないところでも、暴力はあったのだろうか。 けれども、殴ることだけが暴力ではない。 夫は妻の稼いだ金でビジネスを始めるが、ほとんどうまくいかない。 一方妻は、成功するに従いどんどん美しくなり、 華麗な「森瑶子」というブランドイメージを作り上げ、 「森瑶子」であることを楽しみ、男女どちらからも賞賛されるようになる。

「僕は森瑶子と結婚したんじゃない。伊藤雅代と結婚したんだ」と、 家族ぐるみで付き合いのあった画家、田村能里子さんの追想にあった。 理想とする家族像を強く持ち続けた人なのだと思う。 妻や娘に、その家族像に従うよう、厳しく求めた。 家族を支配し、コントロールしたいという欲求は、妻の反乱、 つまり作家としての成功によって、一層募っていったのかもしれない。傷つけられたプライドや、屈折したコンプレックスも、重なっていたかもしれない。

そのとき、家族に課された厳格なルールや罰、言葉による攻撃は、 充分な暴力となっていたのではないか。 妻は、夫にポルシェを買い与え、ヨットを買い与え、 最後にはカナダの島まで買い与えた。 母は父を甘やかした、と娘は書く。 機嫌をとるためか、あるいは贖罪のようなものだったのか。

『叫ぶ私』で森瑶子は、以前は相手が強かったのが、 いつのまにか逆転して私が強くなっていた、というようなことを言っている。 相手とは母であり、夫である。 夫を甘やかしたことは、力の強い者の、弱い者に対する支配ともいえる。

マリアさんはこの本のなかで、当初の疑問、 「何故母は離婚しなかったのだろうか」に、答えを出していない。 楽しかった母との想い出をたどり、苦しんでいた姿だけでなく、 生きることの喜びを誰よりも味わっていた、一人の女性の姿を描き出した。

与論の別荘で、酔った森さんが、「夢が叶った」と感慨をもらす。 きっと、欲しいものは全て手に入れた思いだったのだろう。 仕事での評価、女性としての賞賛、都会の夜の華やかな人間関係、 望んだ美しい物たち、南の島に別荘。 バブリーなのこの時代、それはほとんどの人が夢見た暮らしであり、 スタイルであった。 そして、ここにもう一つ付け加えよう。愛しあっている家族、と。

迫る死を前に、森さんが娘たちに繰り返し望んだのは、 姉妹同士愛し合い、父親を大事にして欲しい、ということだった。 (愛のある家庭、と書くと、少し前に読んだ中島義道を思い出す。) 森瑶子も、ブラッキン氏も、「愛」のある家庭をつくりたいという点において、 思いは一致していたのだろう。

マサヨ・ブラッキンが理想イメージとして作り上げた「森瑶子」には、 もう一つ忘れてはいけない属性があった。 仕事と家庭を両立させる、素敵な女性。 「森瑶子」には、離婚した(結婚に失敗した)女性というオプションは、 想定されていなかったのかもしれない。

などと考えながら美容院に行った。 手にした女性誌の林真理子のエッセーに、 『情事』のことがあった。 30代、40代の鮮烈な女性像を描き、熱く支持された、と評価しながら、 今はこの限りではない、と書く。 なぜならば、今、同世代の女性たちは現役だから。 そしてもうひとつ、中高年女性の性に対するポテンシャルが、 若者と同様低下しているから、と。

「セックスなんて重くて」、 身近にいる彼女たちはそう言っているらしい。 なるほど、頷ける部分はある。 でもそこには、性に与えられた意味の変容というものが、 どっかりとあるような気もする。 バブルではじけたのは、物欲を追うスタイルだけではなかった。 「愛」のある家庭や、「愛」のあるセックスも、 そしてセックスによる「自己実現」も、 はじけてしまったのではないか。

予見は、森瑶子の一部の小説に、既に窺うことができる。 確かなのは、彼女が「森瑶子」の美学を生ききった、ということだ。 そして、自らが小説の中で予見した幻想の崩壊を、見ないで済んだ。 誰よりも、自分の上に。

【追記】 
2/4 森瑶子の大人の女としての十の条件というのがある。
この本でも紹介されているし、以前にもどこかで目にしたことがある。
あらためてじっくりと眺めてみた。

1. 人のせいにせず、苦しみや痛みを自分で引き取る。
2. 仕事を持ち、夫に頼らないだけの自分の収入がある。
3. 結婚している。あるいは男と暮らしたことがある。
4. 子どもを産み、そして育てた経験がある。
5. 男をすべて恋人にせず、友達づき合いできる男がいる。
6. 一人でレストランやバーへ行って、食事ができ、お酒が飲める。
7. しゃれた会話ができるような、インテリジェンスがある。
8. 年齢を重ねていっても、決して感性が衰えない。
9. どんなことにも好奇心を持って接することができる。
10. 自分が不幸な状況にあっても、人に対してやさしくできる。

共感を覚えるのは5と6である。 こういう視点を持っていたところが森瑶子のすばらしさだ。 けれども最後の10で、ため息が出て、哀しくなった。

誰も森瑶子になどなれないことは、十の条件からも明らかだ。 彼女は「森瑶子」という女の美学に、殉じたのかもしれない。

もうひとつ、母の死後、マリアさんが父親と交わした会話がひっかかっている。 恋人とは喧嘩したことがない、彼は私に声を荒げたことなどないのだ、と娘。 すると父は、彼はおまえを愛していない、と答えるのだ。

二つのことを思った。 ブラッキン氏は、妻(恋人)に怒りの感情をむき出しにすることが「愛」だと言う。 怒りであれ何であれ、感情を伝えることは大事だ。 けれどもそれには、声を荒げたり、大声でどなり散らしたりする必要はない (まして暴力をふるうことも)。 そんな手段でなくても、いくらでも感情を伝えられる人はいる。 愛のあるなしとは関係ない。

ただし、感情を伝えあうことは、恋人どうしであれ、夫婦であれ、 友人同士であれ、必要なことだ。 もしマリアさんが、それを大事な恋人とのあいだで出来ないとしたら……。

森瑶子から学んだ美学をもとに、彼女は、 「私はただ、母のような女性になりたいとばかり、今は願っている」と書く。 マリアさんには(余計なお世話だろうけれど)、森瑶子になどなる必要はないと、 言ってあげたい気がする。 もっといいかげんで、イージーで、ルーズで、自分勝手でもいいじゃないか。 「愛」至上主義を、一度少し斜めから眺めてみるのも、いいじゃないか、と。  

★こちらの記事も是非お読みください!
『叫ぶ私』『夜ごとの揺り籠、舟、あるいは戦場』

小さな貝殻―母・森瑤子と私 (新潮文庫)

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6 Comments

  1. 子供の時からの友人が著者であるマリアさんの幼馴染だとわかりました。私たちが森さんの小説が好きだった訳でなかったので今頃、知ることとなりました。マリアさんと同世代として思うのは、今、自分が幸せで有れば、あんな本を森さんが亡くなって2年で出す事は無かったでしょう。著者があの本を後悔し、自分の今の生活が有る事がご両親のおかげである事に感謝して生きていらっしゃる事を願います。マリアさんのブログだったでしょうか?作家で多忙な母が作るおにぎりが香水臭くて捨てていたなんて森さんがご存じなかったと思いたい。夫婦の事は、夫婦にしかわかりません。少なくとも、森さんの娘さんたちが何らかのメディアに登場できるのは、森さん、御父様のおかげです。贅沢な暮しが出来ない人も大勢居るのに贅沢し放題の暮らし。こんなに読んで後悔した本は有りません。森瑤子・・・ただの時代の流れに乗った作家。そう思えば楽です。本屋さんの棚を見ればわかります。才能がどうこうより時代がうんだ人なんです。もう忘れられた作家。。。そこは、向田邦子さんと違うところでしょうか。

    • なおみさん

      コメントありがとうございます。
      思ったこと、感じたことを表現するのは大事ですよね。
      言わずにはおれない、書かずにはいられない、
      おそらく森瑤子もマリアさんも、
      そしてここにコメントを書き入れてくれたなおみさんも、
      その点では同じなのだと思います。

      私は向田邦子さんは読んでいないので論評は出来ないのですが、森瑤子という作家は評価していますし、好きです。鮮烈に「時代」と響きあうような作品を書いたがために、「時代」のほうが変わってしまってなんだか古ぼけて感じられるかもしれませんが、彼女の作家としての真価はその時代性(だけ)ではありません。

      とはいえ、優れた作家に「時代」と響きあう感性は必須のもの。その響きあいのなかから「時代」を超えた人間像が浮かび上がってくるのだと思います。森さんが描いた女性像にそれは見て取れますが、私がことに好きなのは『叫ぶ私』と『夜ごとの揺り籠、舟あるいは戦場』(もうひとつ好きなのは『情事』)です。

      洒脱な時代風俗を一つのモデルとして、ストーリーとしてあまりに見事に描いたことが、逆に彼女の作品の印象をある一定の枠にはめてしまった感があるのは、ファンとしてだけでなく、残念なことです。

  2. 森 瑤子分析論を有り難うございました。他界されて24年が過ぎ去りましたが、彼女の感性を超える小説は排出されません。彼女を超えられる女性も現れません。もう一度、すべての作品を読み直すしか無い様です。異国の香りをまとったエレガントなインテリジェンスを忘れません。大人の女の十条件を糧として、人生を枯れさせないで進みます。感謝。

    • あつこさん、
      コメントありがとうございます。
      つたない記事ですが、こうして読みに来てくれる方がいるということが森瑤子の凄さなのだと、あらためて思っています。
      彼女はこれだけの年月を経ても色褪せない、本当に稀有な作家でした。

  3. 母が、伊藤雅代さんの高校の時の同級生でした。その母も13年前に他界しましたが、今でも、実家に、高校の時の旅先「松島」で綴った短歌だったか・・・俳句だったか・・・の文集が残っていると思います。バブルの頃、私も、森瑤子さんの作品を読みあさりました。華やかで、大胆な人間模様のストーリーは、人とのコミュニケーションが苦手な私にとっては、別世界を覗いているようでした。

    • かほみさん、
      コメントありがとうございます!
      こんなふうに時代を超えて、
      森さんにまつわる「ストーリー」がつながっていくということに、
      なによりもすごいなあと感じ入っています。

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