『空爆されたらサヨウナラ』

夕べは、たまたま夫が持っていた不詳・宮嶋の『空爆されたらサヨウナラ』を読了。
不肖・宮嶋(彼の場合の「不肖」は、ミスターやプロフェッサーのようなもの。
宮嶋氏と書いらたぜんぜんそぐわなくて笑った)の本は、読みだしたら止まらない。
先日の『ビビリアン・ナイト』の他にも、かなり前に二冊ほど読んだ記憶がある。
『不肖・宮嶋、死んでもカメラを離しません』と、あとなんだったっけ。
もしかしたらこの『空爆されたらサヨウナラ』だったかもしれない。
でも、いかに私でも、空爆で飛び散った肉片や、見開いた眼の首や、
血の海や、トラクターの上の黒焦げの死体やらの文章や写真を、
きれいに忘れてしまえるものだろうか。

自衛隊賛美、徴兵制賛成、武器オタク、原発も靖国も擁護、嫌韓国・朝鮮・中国、
全てが私と反対の意見・立場のゴリゴリ右翼なのに、宮嶋は嫌いになれない。
人間臭いからか、体を張っているからか、自分に正直だからか。
そういえば一水会の鈴木邦夫氏も、どちらかと言えば好きだ。
ちなみに氏は、反原発、国旗国歌強制反対(日の丸が可哀想だと言う)
反ヘイトスピーチである。

不肖・宮嶋のすごさは戦場でのサバイバル譚や、
それをスリル満点に、捧腹絶倒な語りで書ける筆力だけでなく、
自分は硝煙の匂いや血の匂い、爆撃の音なと、
戦争のあの空気が心底好きなのだ、と書けることだと思う。
夜の闇をつらぬいて、NATOの空爆の光が走るのを、
「きれいだ!」と書けること。

NATOによる民間の客車への誤爆や、
アルバニア難民への誤爆のすさまじさに怒りをたぎらせる宮嶋と、
「好きだ」「美しい」と感じる宮嶋が、
何の矛盾もなく一人の人間の中にいること。

きっと私たちの中にも、両方の宮嶋がいるのだ。

そのうちこれも読もうかと思っている。
・儂は舞い降りた アフガン従軍記 上
・儂は舞い上がったアフガン従軍記 下
・不肖・宮嶋 in イラク
・サマワのいちばん暑い日

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