エジプト 2012.12月にさかのぼって

中東TODAY 佐々木氏の記事が他と一線を画しているので、
さかのぼって記事を読んでみた。

2012.12.4 エジプト治安警察撤収の真意は何か

エジプトではいま、マスコミも法曹界も警察も、モルシー大統領への支持を止め、反対側に回っているということだ。しかもここで追い込まれている ムスリム同胞団の与党は、欧米からも見放されつつあるということは、今後エジプトの政治を担当していく武器が、どんどん奪われている、ということではない のか。

どうも最近のエジプイトの状況を見ていると、泥仕合が始まったという感じがしてならない。あること無いこと引き出して、お互いが潰し合い非難し合う状況に、なってきているのではないか。
その混乱の後に、エジプト社会に和解の空気が流れるのであればいいのだが、そうはならないだろう。イスラム主義者と世俗主義者が暴力で衝突するか、そのような状況を見て軍がクーデターを起こすかの、いずれかではないかと思われる。
平和的に問題を解決するために、アラブのいずれの国も役割を果たし得ないし、欧米諸国もどう手を出して仲介していいのか、分からない状況になってきたということだ。

2012.12.10 IMFベニスの商人とモルシー内閣

もう一つの資金源として、エジプト政府が期待したのはIMFだった。
そうなるとIMFはエジプト政府に対し、基礎的な消費物資に対する補助金の廃止と、課税を要求してくる。そのIMFの要求を入れ、モルシー政権は各種の物品に対する増税を、ほぼ決めたようだ。

エジプトではいま、モルシー大統領に対する反発が、国内中で高まっており、反対派は遂に、モルシー政権打倒さえも、叫び始めている。その折も折、国民にとって最も嫌う増税の発表を、モルシー大統領がしなければならないのは、気の毒なことだ。
IMFの金は何処やら、ベニスの商人を思わせはしないか。『借りた金のタカをお前の体の肉で支払え!!』にも似た『金を借りたければ貧乏人から絞り上げろ、そうするなら貸してやろう。大衆がお前に反発するなら、弾圧すればいいだけのことだ!!』

2012.12.13 エジプト新憲法国民投票の行方

12月15日には、エジプトでムスリム同胞団政権が作成した、新憲法に対する賛否を問う、国民投票が行われる。世俗派野党側はこの新憲法が、ほとんどム スリム同胞団系の学者たちによって、作成されたものであり、世俗派の考えを反映していないとして、反対を表明してきていた。

エジプトの場合懸念されるのは、反体制側世俗側が未だに最終的な立場を、決めかねているということだ。投票を拒否するのか、投票に参加して『NO] を投票するように、国民を導くのかだ。
世俗派の幹部たちは『NO』を投票するように、と言いだしているが、これでは投票に参加する人としない人に、反対派が分かれてしまおう。そうなれば一丸となって『YES』を投票する、ムスリム同胞団側が絶対に、有利になるのではないか。
結果的に、反対派の『NO』の投票数と、賛成派の『YES』の投票数が合算され、しかるべき投票率になり、賛成派が投票の正当性を、得るとになろう。
そのことを、世俗派は考慮したのだろうか。もし、考慮していないとすれば、あまりにも馬鹿げているではないか。戦う前から敗北が分っている、しかも相手の作戦のままに動かされたのでは、闘う意味があるまい。
新憲法に対する国民投票の結果は、時間を待たずに出るものと思われるが、世俗派はもし結論が{YES』であった場合、次にどのような手段を、講ずるというのであろうか。デモを拡大して、ムバーラク大統領を打倒したように、モルシー政権を打倒するのであろうか。
そうだとすれば、相当数の犠牲者が出ることを、覚悟しなければなるまい。またそのような事態は、軍がクーデターを起こす口実を、与えかねないことも、計算に入れておくべきではないのか。

2012.12.29 エジプトの現実と今後の不安な予測

エジプトの友人はある省の高官だが、彼の連絡によれば12月は給料が支払われなかったそうだ。
11月にエジプトを訪問した段階では、10月の給料が半分しか出なかったと言っていた。
それは軍人や警察も同じ状況のようだ。それでは一体誰が現体制を守り、大衆の暴動を抑えるのかという、単純な疑問が沸いてくる。
ムスリム同胞団はムバーラク大統領のような歯の浮くようなお世辞は、言わないというよりは言い方を知らないだろう。
加えて、金づるの湾岸諸国は、現在では明確にムスリム同胞団を、危険視している。これでは援助金を出してくれないのはもとより、金を貸してもくれないだろう。
ムスリム同胞団の与党自由公正党が、モルシー大統領の掲げた新憲法を、国民投票にかけ、強引に通過させた。しかし、それ自体はエジプトが抱える、経済問題を解決することには、全く繋がらない。
近く世俗派が新憲法制定をめぐり、大規模な反政府運動を起こすだろう。
その反政府運動には、警察や軍が加わることも考えられる。それをどう押さえ切れるのか、ムスリム同胞団はアッラーにでもすがろうというのだろうか。
エジプトの状況は悪化の一途をたどっているようだ。

2013.1.27 エジプトの今後を予測するともっと悲惨になるだろう

1月25日はエジプトの革命記念2周年の日だった。予想にたがわずエジプトの各地では、与党のムスリム同胞団の自由公正党政府に対する、抗議デモが展開 された。そのデモは決してソフトなものではなく、7人の死者と450人以上の負傷者が出る、相当激しいものだったようだ。
加えて、昨年2月にポートサイドで起こった、サッカー・ファン同士の衝突で、74人の死者が出ていたが、その犯人の裁判で21人に死刑判決が言い渡された。この判決に抗議するデモが起こり、30人以上が死亡している。

大学の教え子が結婚して、ご主人子供とカイロに住んでいるが、その人から問い合わせがあった。『カイロ、エジプトはこれからどうなるのか?』というものだった。  それに対する私の答えは『これから温かくなり、カイロの中心部にある解放広場(メイダーンタハリール)に、夜を徹して留まることが容易になる。そうなれ ば次第に解放広場に居座る人たちの数が増え、デモは大きくなっていくだろう。公務員の給与未払い問題は、今後ますます悪化していくので、彼らも不満が高 ろう。従って楽観できないばかりか、状況は悪化していくものと思われる。』という答えだった。

2013.2.1 次第に最悪の状態に近づきつつあるエジプト情勢

革命から2年が経過したいま、1・25革命が何ももたらさないばかりか、状況は革命以前よりも悪化していることを、認めざるを得なくなっている。失業、物価高騰、社会不安挙げたらきりがないほど問題が山積している。

最後の切り札になりうるのは軍しかあるまい。これまで沈黙を守り続けてきた軍が、国民の要望で立ち上がる可能性があろう。軍はあくまでも国民の要望にそって立ち上がった、という形にしたいのではないか。

2013.2.6 モルシー大統領が軍に要請だが拒否されたか?

エジプトの国内状況は、日に日に悪化しているようだ。それは何度も述べたが、治安が悪く観光収入が期待できないことに加え、工場の操業率が低下していることによる失業率の上昇、そして物価の値上がりなどがあるからだ。
このため、毎週金曜日の集団礼拝の後は、大規模なデモがエジプト各地で起こっている。最近ではその要求項目が『民主化』一本に、絞られたという情報もある。
こうなると、政府は何とかデモを阻止し、社会を安定化させる必要に迫られよう。しかし、国庫は底を尽く寸前であり、政府による国民救済策は実行できない。そこで最後の頼みの綱は、軍ということになる。
モルシー大統領は2月4日であろうか、突然軍に協議を申し入れ、デモの阻止を依頼したようだ。
しかし、シーシ国防相を中心とする軍の幹部たちは、軍側は街頭デモの阻止は警察の仕事であって、軍の役割ではないと拒否したようだ。軍としては本来警察が 果たすべき、街頭デモ鎮圧に乗り出すことは、国民の軍に対するイメージを悪くし、信頼を失うことになり、望まないのは当然であろう。

軍としては 果たすべき役割は国防が第一であり、昨今の不安定な中東情勢下では、あまり国内問題にかかずり合いたくない、ということであろう。

2013.3.9 エジプトの治安を誰が守るのか

どうやら給与の未払いと遅配が続いた結果、警察までもがムスリム同胞団政権の言うことを、聞かなくなっていきそうだ。
先にムスリム同胞団を結成した自由公正党政権の、モルシー大統領が軍に対し、デモ隊に対する発砲を含む、治安維持を命じたところ、軍はあくまでも外国の敵から、自国領土と国民を守ることが役割だと拒否した。
それは道理にかなった返答であり、モルシー大統領もそれ以上のことは言えなくなった。
しかし、警察についてはそうは行くまい。警察の仕事は国内治安の維持が、役割なのだから。
警察を束ねる内務省は以前、モルシー政権の国民のデモに対する強硬対応を拒否しているが、今度は警察が強硬対応を拒否したのだ。こうなると一体誰がエジプト国内の治安を、維持するというのだろうか。
警察は何故デモ隊に対する強硬対応を、拒否したのであろうか。実は警察は治安維持という悪役を、ムバーラク政権時代もその後の革命政府時代も、担わされてきている。
軍は国民のデモに高見の見物を決め込み、国民の信頼を維持してきたが、警察は悪役を演じさせられ続けてきた。それでも警察は自分たちの役割だと思い、我慢してきたのであろう。
しかし、ここに来て警察の我慢は、限界に達したようだ。給与の未払い遅配が続くにもかかわらず、身体を張って国内の治安維持に尽くしてきたのだが、それをきっぱりと拒否し始めたようだ。
もう悪役はごめんだ、ということであろう。デモ隊に死者は出たが、警察の側にも死者や重傷を負ったものが多数いる。彼らの遺族や重傷者の今後の生活は、誰が見てくれるというのか。
ムスリム同胞団政権は、遂に最大の難局に向かい始めたのかもしれない。莫大な資金援助を受けるか、外国から資金を借りる以外に、公務員に給与を支払い、 国民の最低生活を保障することが、出来なくなったのだが、何処の国も今のムスリム同胞団政権には、大金を貸しても、援助してもくれまい。
そうなるとまさに『パンをよこせデモ』から『パンによる革命』が始まるということではないか。今年の1月末にカイロを訪問したとき、友人はあと3ヶ月持つかなあ、あるいは5月までかなあ、という話をしていた。いまその3ヶ月が過ぎようとしている。

2013.3.9 選挙では勝利できてもパンで敗北かムスリム同胞団

エジプト通貨がドルに対して下げ、輸入物資が値上がりし、同時に国内産品の価格も上がり、国民は生活苦に陥っている。こうしたなかでは、全ての歯車が狂い始め、エジプトで採れるたまねぎやトマトの値段までもが、値上がりしている。
そして小麦の輸入が不安になり、パンが値上がりしていくのは必定だ。パンがエジプト社会から姿を消すことになれば、ムスリム同胞団は選挙に勝利しても、権力の座に留まることはできまい。『パンは選挙より怖し』だ。

2013.5.18 金曜日はデモの日・カイロの再集結はどうなる

こうした流れのなかで、エジプトの大衆が再度の革命を叫び始めている。金曜日は集団礼拝のある日であり、各地のモスクでイマームたちが呼びかければ、多 くの人たちがデモに参加する、というメリットがある。このため5月17日の金曜日を、第二革命のスタートと、改革派の人たちは定めた。  モルシー大統領に対する『ノー』の署名を集め、解放広場で100万人集会を開催できれば、体制側に対して大きなショックを、与えることができるだろう、ということのようだ。  署名はあらゆるところで集められており、然るべき数に達するであろうことは、疑う余地が無い。大統領選挙で、次点で敗れたアハマド・シャフィーク氏は、亡命先のアブダビからこの新たな運動に、参加すると語っている。  その後、金曜集会は時間の経過と共に、参加者が増えていき、かつてのムバーラク体制打倒に繋がったような、大集会になるのだろうか。

2013.6.3 ムスリム同胞団の不人気・だが野党も同じ

エジプト国民の間からは『モルシーがエジプトを壊した』という非難も聞こえてくる。彼らは実際に食料の入手さえも、困難になっているようだ。したがって『ムバーラクの時代のほうがよかった』という庶民も少なくないのだ。
モルシー政権に対する批判と不人気は、その通りであろうが、野党側はどうなのであろうか。ムスリム同胞団政権にとって替われるのだろうか。野党の連合組織 である国民救済戦線は、極左から極右までをメンバーにしているが、なかなかエジプトが抱えている問題解決への、具体策は打ち出せないでいる。 メンバー自身が『我々は怠け者だからなあ』と語っているとか。
そうした混沌のなかで、サラフィスト組織(イスラム原理主義)の人気が、拡大しているということだ.そのサラフィスト組織の拡大について、ムスリム同胞団も野党も、あまり関心を払っていないようだ

2013.6.20 エジプト社会は爆発前夜

大部書くことをためらったのだが、もう書く方がいいと判断したので、最近訪問したエジプトの内情を報告する。報告することをためらった理由は、エジプトの友人たちに対する、私なりの配慮からだった。
今日のエジプシャン・デイリー・ニューズのブログ記事も書くことを促したのであろう。それによれば『アズハル大学トップがモルシー大統領のデモ阻止決定に反対』『ルクソール市長にムスリム同胞団政権が、ジハード・メンバーを指名』というのがあったからだ。
ルクソール事件とは、ジハード・メンバーが起こしたテロ事件で、日本人も多数が殺害されている。そのメンバーをルクソールの市長にしたというのだ。
それ以外にもエジプト国内で、すでにムスリム同胞団と世俗派との暴力沙汰の衝突が、起こっているという記事もあった。ファイユーム県などがそれだが、そのほかの地域でも起こっているようだ。
実は財団内部のごく一部の人たちに出した報告に、私は次のような内容のことを書いた。その一部をご紹介しよう。
『エジプトのモルシー政権は内外の敵を相手に苦しい国家を強いられている。期待していたアラブ諸国なかでも湾岸諸国からの援助はほとんど実行されていない。例外はカタールだが、そのカタールも援助には何かと制約を設けている。
サウジアラビア、クウエイト、アラブ首長国連邦などは、現在のエジプトの政権がムスリム同胞団によるとし、胞団への警戒感から援助を進める意思は、当分の間ないものと思われる。
結果的にエジプト政府は財政難が悪化の一途をたどり、元1ドルに対して5・5ポンド程度であった交換レートが、現在では1ドル=6・9906ポンドにまで下がっている。(闇ドル価格は8ポンドに近づいている)
そのためエジプト国内は輸入物価の値上がりに始まり、国内産品の値上がりも起こっている。砂糖や肉などの値上がりがひどいようだ。
国内の治安も全く改善されていない。それは警察が取り締まりを強化すれば、国民の反発を受け悪役になることを、嫌っている部分もある。デモなどでも以前に比べ、警察は取り締まりを手抜きするようになっている。
したがってエジプト国内は犯罪が増加し、外国からの観光客誘致もうまくいっていないし、企業の進出も進んでいない。結果は若者の失業率が上昇し、社会に不満が高まっている。
こうした状況を踏まえ、タマロドなるモルシー政権ボイコットの運動が始められ、16歳以上の国民対象にサインを集めることなっているが、現在集まった署名の1700万人弱という数字は、モルシー大統領が当選した時の1300万人を上回るものだ。
このタマロドの結果を受けて、6月30日には大規模デモが計画されており、 巷ではそのデモに参加するか否かが、大きな話題になっている。このことは公然と大声で語られているところをみると、政府の取り締まり能力は無くなっているということではないか。
その証拠に金曜礼拝に参加したモルシー大統領がモスクを出るとき、集まった礼拝者たちは口々にモルシー辞任を叫んでいた。それに不安を感じたモルシー大統 領は、靴の片方をはかずに逃げ出したということだ。その状況は間もなくツイッターやフェイスブックで一般に流され、世人の知るところとなった。
モルシー大統領がエジプト国民を恐れている証として、警察の警護を外したことがあげられる。モルシー大統領は現在警察の警備隊を外し、大統領警護隊だけに警備させている。また、ムスリム同胞団幹部は、家族を外国に避難させ始めている、という話もあった。
6月30日の大衆デモには、警察や軍の幹部も参加するといわれているし、軍や警察はデモを阻止する動きには、出ないとも言われている。したがって、世俗派とムスリム同胞団派の衝突による、流血事態は避けられないかもしれない。
そうした事態に至り、しかもデモへの参加者が一定の数に達した場合は、軍が出動し事態を収拾させる、という考えがあるようだ。つまり大規模な大衆デモから、軍によるクーデターに移行するということだ。
世俗派が大規模デモを成功させ、軍がその後を受け止めてクーデターを起こせば、ムスリム同胞団とモルシー政権は失脚することになる。その後1~2年軍によ る統治がおこなわれ、その間に憲法改正などが進められ、正式な大統領選挙を行って、民政移管がなされるという筋書きを、描いている人たちがいる。
問題はムスリム同胞団が行う、6月21日25日デモの後、世俗派が6月30日にデモを計画しているが、その前の27日ごろから始まるだろうといわれてい る。その規模によっては、まさにここに述べたような事態が発生する、可能性があるということであろう。もちろんその通りにはならない可能性もある。
つまり、6月21日から7月3日~4日の間で、今後のエジプトがどうなっていくのかが、はっきりするということだ。』
* 軍や警察はムスリム同胞団本部ビルの警護を解く、と宣言しているし、大統領官邸の治安についても、責任を持たない方針のようだ。

2013.6.25 エジプトでどんどん出てき始めた本音情報

昨日は現在のエジプトの権力を握っている人たちのほとんどが、アラブの春革命時に起こった刑務所襲撃事件の折に、脱獄した人たちだというニュースを、お伝えした。
モルシー大統領もカンデール首相も、カタートニー国会議長もそうだということであり、しかも、彼らだけではなく34人のムスリム同胞団の幹部は、皆刑務所から脱獄した人たちだ、という内容のニュースだった。

こうした発言や革命の裏話がどんどん出てきているということは、多数の人たちがムスリム同胞団政権の余命は、いくばくもないと踏んでいるからであうか。ムスリム同胞団政権は軍との良好な関係を宣伝しているが、軍はあくまでも、
中立な立場に立つと語ると共に、政治家たちは平和裏に問題を解決するよう1週間の猶予を与えると語っている。その後は軍が立ち上がるということだろう。

2013.6.28 エジプトの今後はあと数日で決まる

多分に、6月30日には大規模な衝突となることが予想されるが、その状況次第では、軍が思い切った手を打つだろう。6月にカイロを訪問した際に、軍や警察の幹部と話す機会があったが、彼らが語っていたのは初めのうちは傍観し、事態が緊急になれば、軍が動くということだった。
確かに、世俗派の中からはすでに、軍の台頭を期待する声が上がり始めている。そうした状況を受け、6月30日に革命当初(2011年1月25日)のような数の人たちが集まれば、軍は死傷者が出ることを懸念し、クーデターを宣言する可能性が高い。
それは多分、6月30日から様子を見、7月3=4日までには、結論を出すのではないか。

2013.7.6 ムスリム同胞団政権の崩壊とその後

エジプトのムスリム同胞団政権が崩壊した。これを軍事よるクーデターと捉えるか、アムル・ムーサ元アラブ連盟事務総長が言ったように、大衆の混乱を避けるために、軍が立ち上がったと見るかは、人によって異なろう。
ただ言えることは、あのまま放置すれば、多数の犠牲者が出ることは、確かであったろう。ムスリム同胞団と世俗派が衝突すれば、数十人あるいは数百人の、死者が出ていたことであろう。
現段階では、ムスリム同胞団が抗議行動を続けているが、日本のマスコミが報道しているような、危険な事態までは発展しないのではないか。つまり、ムスリム同胞団が武力によって、徹底的な抵抗をするとは思えない。それは相手が軍であり警察だからだ。

2013.7.14 アラブの流れは変わったのではないのか?

アラブの春革命で旧体制を打倒した大衆は、イスラム色の強い集団に、革命後の主導権をとられた。それはチュニジアでも同じことだったし、途上にあるシリアでもそうだ。いずれもムスリム同胞団が、組織力を発揮したのだ。
しかし、大衆はムスリム同胞団よりも数において、絶対的に多かったということがある。そのムスリム同胞団には治安の維持も、経済の改善も、失業問題の解 決も出来なかった。そうした状況に不満を高めた、世俗派の大衆の反動が始まったとき、ムスリム同胞団の組織力は、力を示すことが出来なかった。
確かに、決定的な変革を生み出したのは軍だが、そのきっかけを作ったのは世俗派の大衆だった。世俗派によるデモがあれだけ、大規模にならなかった場合、 軍が出動したとは思えない。私が軍関係者から聞いた話では、デモの規模が一定以上になった場合に行動する、というものだった。
エジプトの体制がモルシー体制から新しい体制に変わった後、湾岸諸国は大金をエジプトに援助すると発表した。もちろん、その裏にはアメリカがいる、と考えるべきだろう。
エジプトの今回の変革は、チュニジアでもナハダ党体制打倒の動きを、起こさせる方向に動き出している。シリアでも反政府勢力が、腰砕けになり始めてい る。これらの変化を見ていると、どうやらエジプトで始まった変革は定着し、アラブ諸国に影響を及ぼし、新たな流れを作っていく、と考えるべきではないの か。

 

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