「秘密保護法」と藤原紀香 【追記あり 9/18】

パブコメをなんとか送った。
で、藤原紀香のFBもはじめて覗いてみた。
日常ネタが8000~10000超いいね!に対して、
「秘密保護法」の件ブログにまとめました、という投稿は4000台。
半数しかないんだなあ、でもさすがだなあ、と思いながら、
コメントもついでに覗いてみた。

すると、システム管理スタッフから、
あくまで法案に対する意見はパブコメで政府に伝えてほしいこと、
そして、この投稿に対してトピックス的に過剰な発言があった、
本人への差別的発言、攻撃、中傷コメントは削除し、
立ち入り禁止にしたとのお知らせが掲載されていた。

まあねえ、予想されることではあったよねえ。

でも、うんざりしたのは、
影響力がある人はこのような発言はしないほうがいい、
というコメントや、
あくまで中立であるべき、法案反対はまずかった、みたいなやつ。

たとえ芸能人であろうと誰であろうと、
自分の思うところを述べることに誰に遠慮があるっていうのさ?
影響力の大きさを自覚しているからこそ、
社会や政治に対してしっかりと自分の意見を持ち、
それを表明するべきじゃないの?

私は藤原紀香を見直したし、尊敬するよ。
でももう一度言うけど、
今だってこれが「勇気ある発言」とされるのが日本なんだよなあ。
とことん情けないわ……。
藤原紀香が「秘密保全法」への危機感 ブログでの勇気ある発言をたたえたい

【追記 9/18】

一夜明けて、パブコメ数がどれくらいあったのかが気になるところ。
どうせ無視される、という意見もあるけれど、
数によっては効果ゼロではないはず。

今日の朝日新聞によると、安倍政権は、
「知る権利」と「報道の自由」を明記する調整に入った、とのこと。
法案を通すための小手先調整&ポーズだ、というのはそうだろうと思うし、
これだけでは到底足りない。
「特定秘密」策定をチェックする機関や、
公開の期限などの規定も必要だし、
情報の主権が国民にあること、表現の自由の保障も明記してほしい。

ただ、何もないよりはいい。
法案は通るんじゃないかと思うし、そうなったらなったで、
変な使い方したら国民は許さないぞ、
という声は上げ続けないといけない。
ウォッチし続けなければいけない。
でも、それをとても困難にするのが、この法律でもある。
そこが怖ろしい。
そしてこの国は、どんどんいやな国になり、
どんどん民主国家ではなくなっていく。
秘密保護法案 軍事国家への入り口だ (東京新聞社説 9/13)

いや~な気持ちになるのは、藤原紀香の発言をめぐってもそうだ。
彼女のブログが話題になっているとの、あるウェッブニュースを読んだ。
その記事のコメントには、読んでいて悲しくなる、
情けないものが本当に多かった。
例のごとく、人格否定につながるような心無いもの。
まともな人は無視するんだろうけれど、
だからまともな意見が少ないのかもしれないけれど、
思わず反論の書き込みをしてしまった。
が、投稿の承認待ちで表示されず。

しかし彼らは、藤原紀香のブログ記事の何に、
あれほど激しく反応するのだろう?
記事の中身、言っていることの内容ではないような気がする。
芸能人や著名人をこき下ろせる機会を嗅ぎ付けて、
血に飢えたピラニアのごとく群がっているように見える。
あるいは、政権批判のようなものに対して、
生理的かつ盲目的な拒否攻撃反応を起こしてでもいるのか。

もしそうだとしたら、ここにはすでに、先取りされた言論統制がある。
彼らは言論統制の手先になって、
政権批判を取り締まる役を果たしているのだから。
多様な意見を誰もが表現できる、
それが当たり前の民主主義社会にあって、
彼らはその自由と権利を攻撃しているのだ。

愚かなのは、そのような考えや意見を持つ自分が、
いつ統制され、攻撃される側になるかもしれないということに、
まったく無自覚なことだ。
自分で自分の首を絞めていることに、気付かない。

この構造は、排外主義や差別と同じものだ。
ヘイトスピーチを行うものが、
自分がされる側に立ち得ることに無自覚なように。
その狭量な理路理屈を採用する別の集団の排除差別対象に、
自分もまた簡単になり得るということに、気付かないように。

 

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