慰安婦問題と朝日新聞① (8/11,21,28,9/3 追記あり)

慰安婦問題については付け加えることはもうないんだけれど、
世界的にはますます問題視されているし、
朝日が特集もやったので、これらをめぐって少しだけ。

といっても、朝日を一読しての感想は「それがどうした?」というようなもの。
つまり、狭義の強制性の有無なんて今や問題じゃないんだから、
済州島での「強制連行」でっち上げ本があり、それを真に受けた報道があり、
その報道を撤回したとしても、問題の本質は何一つ変わらないからだ。

撤回が遅い、という批判がある。それはそうだ。だが、遅かろうがなんだろうが、撤回されたことによって、問題が本質的なところで議論されるようになるのなら、これはこれで良かったじゃないか。朝日のねらいもこの点にあると思うのだが、それでどうした、の部分が弱いのが残念。

小熊英二氏が8/6日の特集コラムで指摘しているように、慰安婦問題を強制性に矮小化して責任を逃れようとする言動は「ガラパゴス的議論」であり、国際的には「見苦しい言い訳にしか映らない」。

朝日の20年前の記事が、常にこの「ガラパゴス的議論」の攻撃材料になってきたことは事実だ。その意味でも朝日には、この攻撃材料を切り離すことによって、議論を「ガラパゴス」から世界スタンダードな場所に導く責務があると思うのだ。

8/6日に、ナバネセム・ピレイ国連人権高等弁務官が、慰安婦問題に関して異例の声明を出した。

(弁務官は)「旧日本軍の慰安婦被害者に対する人権侵害は今でも続いている」、と公式声明で批判した。さらに、日本政府に対し、「熱意を持って戦時性奴隷問題に対して包括的かつ公正な、永久的な解決策を講じる」ことを求めた。

これに対して、菅官房長官は7日、「日本政府は道義的観点から最大限努力してきた」と反論し、慰安婦問題は日韓請求権協定で解決済み、という従来の政府の立場を改めて表明したという。

 ピレイ氏は、自分の任期が終わろうとする今、「自身の権利のために闘ってきた勇気ある女性たちが、当然受けるべき賠償を受けることができないまま亡くなっていくのを見ているのが辛い」と述べている。今回の公式声明によって、慰安婦問題が解決されるべき優先事項として表面化した、とウォール・スト リート・ジャーナル紙(WSJ)は報じている。

 日本政府が6月、いわゆる河野談話の「検証報告書」を発表し、河野氏が認めた「軍による慰安婦の強制連行」を裏付ける証拠は確認されなかった、とした。これを受け、「慰安婦は性奴隷ではなく、戦時中の売春婦だった」と公言する人もいる。同氏は、こうした「侮辱的な発言」が繰り返されているのに対し、「日本政府は公式に反論していない」と批判。現状への強い憂慮が、声明の背景にあるようだ。

 icon-chain “日本は今でも慰安婦の人権を侵害”国連高官が批判 韓国紙、国連に「言葉ではなく行動」要求 (NewSphere 2014.8.8)

 

慰安婦問題をめぐる日本の「ガラパゴス性」には、的外れなばかりではなく、慰安婦をさらに貶め、差別する言動を繰り返す人びとを放置する日本という国、安倍政権の人権感覚が、今や明確にカウントされてしまっている。なのにその自覚が全く政権にはない。ガラパゴススパイラルである。

最近週刊誌の新聞広告で、ベトナム戦争時に韓国軍にも慰安婦がいたとのタイトルを見かけた。記事そのものは読んでいないけれど、まるで鬼の首を取ったような口調に笑ってしまった。俺たちばかり責めるけど、お前らだって同じことやってるじゃないか、というわけである。

もちろん、これは韓国の人権問題である。日本と韓国の間にある人権問題とまったく同じように。韓国をこのように責めれば責めるほど、自国も責めていることになると思うんだけれど、彼らにはそのことがわかっていないないように推察される点は、ガラパゴスどころか、それ以前の問題だとも言える。どうして、この事は悪いことだ、と言いながら、自分たちの側がやった同じことを、悪いことだと認識出来ないんだろう。不思議だ。

参考

 icon-chain 朝日の検証記事で慰安婦議論は正常化するか(Videonews.com 8/9)

朝日の特集記事 

 icon-archive 慰安婦問題を考えるに関するトピックス 

追記 8/11

慰安婦問題について過去に書いた記事から、冷泉彰彦氏の指摘をもう一度引用しておく。ちょうど一年前の発言だ。

では、この問題に関しては、騒いでいるのは「韓国系の活動団体」とそれに反対する「日本の右派」だけであって、アメリカのメインストリームの世論に関しては「心配ない」と考えていいのでしょうか? 当面はそうだと思います。ですが、こうした問題提起が今後も続いて、それに対する日本の政界の反応が「間違って行く」ということが重なって、ある臨界点を超えるようですと問題になることもあり得ます。(2013.8.10)

アメリカだけでなくその後世界が問題視するようになってしまったことは、橋下発言以降の日本の対応が「『間違って行く』ということが重なって」しまったからだ。朝日新聞の特集では、20年前の検証はされたけれど、本質的な問題性のあぶり出しだけでなく、今日世界が何を問題視しているかの整理も不足している。この部分の弱さが、産経や一部政治家の追撃を許している一因のようにも思う。

7月には国連の自由権規約委員会から、秘密保護法やヘイトスピーチ、代用監獄などと併せて、慰安婦問題は日本の人権侵害問題であり、解決に向けあらゆる措置を取るべきとの勧告が出された。その席での日本側の「強制性」の否定や、性奴隷という定義に対する反論、またそれらの発言に対する反慰安婦団体の拍手等の行動も、やはり「間違った行為の積み重ね」として、一層世界の日本を見る目の厳しさが増すのに一役かったのは確かだ。この方向で日本が突き進めば進むほど、ますます日本の負けがこんでいくのだということが、どうして彼らには理解できないのか。このような日本側の「間違った」反応が、8月のナバネセム・ピレイ国連人権高等弁務官の公式声明にもつながっていくのである。

4 慰安婦問題をめぐって
 今回の委員会では、慰安婦問題は、これまでの審査以上に大きく取り上げられた。まず、 マジョディナ委員が慰安婦問題を取り上げた。河野談話の検証についても質問がなされた。これに対する政府の回答は、これまでの経緯をふまえ、日本政府としては強制連行の事実は確認できないが、当時植民地統治下にあり、「甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して」なされたと述べた。そして、今後も河野談話を継承すると述べたが、アジア女性基金を超える慰藉措置は示されず、慰安婦を「性奴隷」と呼ぶことは相応しくないと繰り返し述べた。マジョディナ委員は再度性奴隷制という発言は1926年の奴隷廃止条約の定義に基づくと発言したのに対し、政府代表はさらに、「奴隷制度の定義について、条約上の検討をした上で、この制度は性奴隷制の問題ではない。その定義に当てはまるものとは理解していない。性奴隷制度は不適切な表現である」と強く反論した。
  今回のセッションには、慰安婦は強制連行されておらず、売春婦だったと主張している日米の団体の人たち約10人が参加していた。セッションでも慰安婦が性奴隷ではないとした政府代表発言に一斉に拍手したり、慰安婦問題について発言したマジョディナ委員をセッションの終了後に取り囲んで糾弾するという事件が起きた。これに対して、ロドリー議長は本稿末尾にも紹介したように、総括発言の中で代用監獄とともに慰安婦問題を「変わらない日本」を象徴する問題として取り上げた。そして、このような行為(慰安婦を性奴隷ではないとする発言に拍手すること)は、許されない行為であると言明した。
 このような緊迫したやりとりを背景に委員会は、勧告14項で、規約2条、7条、8条にもとづいて「委員会は、戦時中の「慰安婦」は日本軍によって「強制的に連行」されたのではないとしつつ、慰安所の女性たちの「募集、移送、管理」は、多くの場合、軍や軍のために動いた組織によって、強圧や脅迫など一般的に意思に反して行われたとの、締約国の矛盾する立場に懸念を表明する。委員会は、被害者の意思に反して行われたどのような行動も、締約国の直接的な法的責任を伴う人権侵害 だと捉えるに十分であると考える。」としている。
 そして、「戦時中、「慰安婦」に対して日本軍が行った性奴隷あるいはその他の人権侵害に対するすべての申し立ては、効果的かつ独立、公平に捜査され、加害者は訴追され、有罪であるとわかれば処罰すること。」「司法へのアクセスおよび被害者とその家族への完全な被害回復措置」「利用可能なすべての証拠の公開」「教科書への十分な記述を含む、学生と一般の人々へのこの問題に関する教育」「公式な謝罪を表明することおよび締約国の責任の公的認知」「被害者を侮辱あるいは事件を否定するすべての企みへの非難」のためあらゆる措置をとるべきことが勧告された。

 icon-chain 【報告】国連自由権規約委員会は日本政府に何を求めたか ~死刑・代用監獄・慰安婦・秘密保護法・ヘイトスピーチ・技能実習生・福島原発事故~海渡雄一弁護士の報告 7/29)

上記引用に下線を引いたが、極論すれば、問題は「本人たちの意志に反して」だけであるとも言える。それを日本政府は認めているのに、なにをこのうえ「強制性の有無」や性奴隷という言葉にこだわっているのか。まったくもって矛盾しているとあきれているのだ。
6項目の勧告は、教科書への記述や教育にまで踏み込む、日本において人権認識が深まらない構造的な問題を根底から問い返す厳しいものだ。日本には規約の締約国として、この勧告を順守する努力義務がある。

「女たちの戦争と平和資料館」も、8月10日、朝日の検証記事に対する他紙や一部政治家(及び政府)の「ガラパゴス的」反応に対して、抗議の要請文を出した。
 icon-link 要請文 朝日新聞「慰安婦」報道の検証をめぐる一連の報道に抗議し訴えます 

 

追記 8/21

これは少し前の記事だけれど。
 icon-chain 「軍の資金で慰安所口止め」 元日本兵、60年代に供述
(47NEWS 2014.3.22)

その後目についた記事。
 「私は苦心して慰安所をつくってやったこともある」
(カレイドスコープ 8/20)
  朝日慰安婦記事撤回、勢いづく右派に懸念 問題の本質は変わらない…英紙報道 (NewSphere 8/18)

  icon-chain 第2次大戦中「慰安婦」制度があったのは日本とナチスドイツだけ-侵略軍と「慰安婦」制度との密接な関係(井上伸) – 個人 – Yahoo!ニュース (8/20)

上記記事に対する反慰安婦派のコメントにはほんとにうんざり。1900年代初頭から世界では管理売買春が非人道的見地から捉えられていたのに、日本ではいまだに同レベルの人権感覚のコンセンサスを形成できていない、ということ。100年前の人権感覚のままのコメントの「声の大きさ」に、国連からの勧告が、過去の日本軍の問題だけでなく、代用監獄やヘイトスピーチとならんで現在のこれらの「声」への指弾となっているのが心底頷けるわ。

8/28 

今日の朝日新聞にその後の批判に応えるような記事。
 icon-chain 慰安婦問題 核心は変わらず (朝日新聞 8/28)

反慰安婦派の、吉田本は虚構=河野談話も根拠なし、という主張に反論するもの。あいかわらず「強制性」という相手の土俵で防戦に追われていて、では変わっていないその核心とは何なのか、という展開が甘い。

こちらも、朝日新聞は慰安婦問題の先鞭を切ったメディアとして、過去の報道の及ぼした影響や問題提起を検証すると同時に、今後慰安婦問題にどのように取り組んでいくべきかを示すべきだ、との論考。
 icon-chain 慰安婦問題で朝日新聞は何を検証すべきだったのか 
(THE HUFFINNGTON POST 8/26)

同紙の過去の報道は、単に誤謬を広めた「害」しかなかったのか、それとも従軍慰安婦問題という日韓両国のみならず国際社会においても重要な女性の人権に関わる積極的な問題提起を行うことで、日韓関係や女性の人権問題に関わる何らかの貢献を行ってきたのか。

日本を代表するリベラルメディアとしての朝日新聞が、「今」の段階で、自らの「過去」の報道を如何にして理解し、また「未来」へ向けての自らの報道を立て直していくのか。それは単に同紙にとって重要のみならず、日本における健全な言論空間を維持するためにも重要である、と信じている。「優等生の不器用な言い訳」の殻を破り、朝日新聞は今後、どのような記事を書き、日韓関係、ひいてはこの社会で如何なる役割を果たしていくのか。

高橋源一郎は8/6日の「論壇時評」で、日本人兵士として戦場へ赴いた小説家が描き出した、戦場における「同じ人間として生きる慰安婦たちの鮮やかな姿」を私たちの前に可視化した。氏は、「私たちが徴兵を拒むことができなかったように、彼女たちも徴用から逃げることはできなかったのだ」とする兵士の慰安婦に対する共感だけでなく、「(名乗り出た慰安婦の証言に対して)『それは、ほんとう彼女たち自身のことば』だったのだろうか。彼女たちの被害を償えと叫ぶ正義の団体に対しては、どのように思っているのだろうか。そんな、わかりようもないことを、ときに、ふと想像してみる。そして、そのたびに、とてもとても想像の及ばぬことだと、思うのである」という小説家の言葉に焦点を当てる。
 icon-chain 戦争と慰安婦 想像する、遠く及ばなくとも 

紙の資料に頼りながら、そこで発される、「単なる売春婦」「殺されたといってもたかだか数千で、大虐殺とはいえない」といった種類のことばに、わたしは強い違和を感じてきた。「資料」の中では単なる数に過ぎないが、一人一人がまったく異なった運命を持った個人である「当事者」が「そこ」にはいたのだ。

その「当事者」のことが、もっとも近くにいて、誰よりも豊かな感受性を持った人間にとってすら「想像の及ばぬこと」だとしたら、そこから遠く離れたわたしたちは、もっと謙虚になるべきではないのだろうか。性急に結論を出す前に、わたしは目を閉じ、静かに、遥(はる)か遠く、ことばを持てなかった人々の内奥のことばを想像してみたいと思うのである。それが仮に不可能なことだとしても。

9/3

池上彰さん:朝日新聞連載コラム中止を申し入れ」(毎日新聞 9/2)

朝日新聞、従軍慰安婦問題では揚げ足とられるようなことばかりしてるなあ。問題の本質じゃないところで、あるいは別の問題に重ねて攻撃されるような口実を与えてばかり。それがために肝心の核心部分に議論を導けない、どころか、これじゃますます核心から遠ざかるのを助けるような愚行。「優等生の不器用な言い訳」どころの話じゃないわ。これってある意味、産経の慰安婦問題の扱い方と同じレベルに落ちるってことだからね。

ただし、またまた鬼の首を取ったぞ、と喜んでる人は、「慰安婦はウソ」はより大きな問題で、もっとひどい捏造だということをまずは理解してね。で、彼女たちが売春婦であったとしても、それが「本人の意に反して」いたという一点だけが問題なんだ、という核心に、いいかげん至ってね。

朝日が間違えようが誰がでっち上げ本書こうが、それで実際あったことがなくなるわけじゃないし、実際いた人たちがいなくなるわけじゃない。どう伝えられたか、伝えられなかったか、というのは慰安婦問題ではなく、報道の問題なんだから。朝日攻撃に慰安婦問題を利用するのはもうやめようよ。これって、日本は深刻な人権問題をきちんととらえられない、あろうことかそれを利用して次元の違う問題をつつくのに、あるいは朝鮮・韓国ヘイトに利用してる、ってのを世界にさらけ出してることだからね。

恥ずかしいというのがかつて行った行為の過ちを認められないことだとしたら、朝日も恥ずかしいかもしれないけれど、それ以前に、国家の過ちを認められないことのほうをまず恥じるべきでしょう。他の恥で自らの恥を隠ぺい歪曲するしかできないとしたら、おまけにそこで更なる人権問題を露呈してるわけだから、もう恥の上塗りどころじゃない。

しかしここで思うのだ。朝日とか日教組って、完全にシンボル化してしまってるけど、このシンボル化(全てを一色の枠に押し込めて蓋をすること)がヘイト的思考停止の真骨頂なんだなって。つまり、シンボル化された元々の中身について問われても、この色の名前しか答えられないという…。

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