「イスラム国(IS)」をめぐって — 遺跡・文化財の破壊

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「イスラム国(IS)」に湯川さんと後藤さんが殺害されてから一ヶ月、
(日本の)メディアにはIS関連の報道が減りつつある。
人びとの興味も薄れているのだろう。

私にとってはこの一ヶ月も、昨年6月からの延長線上にある。
いらだちのようなものは加わっているけれど、
これは新たに生まれたというよりも、
以前からあるものが一層強く意識されるようになったに過ぎない。

ISは世界の注意関心をかきたて続けることに躍起で、
美術館の彫像破壊の動画を配信した。
モスルでは貴重な蔵書のある図書館を燃やしたともいう。

戦闘による文化財や遺跡の破壊は、以前から危惧されていたが、
私たちに、今目の前で殺されんとしている人を救う術がないように、
遺跡や彫像を破壊から救う術はない。

でも、嘆きや非難の声が大きければ大きいほど
彼らの満足も大きいだろうと思うと、
私の嘆きや非難は、急速に萎んでいく。
ISは、これまでの愚かな人々と同じく愚かであるにすぎない。

バーミヤンの石仏をアフガニスタンのタリバンが破壊した直後、
トスカーナで、あるイタリア人夫妻と夕食をとった。
夫妻はワインとオリーブオイルを生産するカステッロ(城)のオーナーで、
この時が初対面であった。
夫人は、私たちNYから休暇で帰国したばかりなの、と言い、次に、
仏像破壊に対する怒りを口にした。彼女は純粋に、
「世界遺産」は自分たちの「遺産」であると、信じているようであった。

しばらくして日本で、別のイタリア人の友人からも、怒りと悲しみの声を聞いた。
彼女はソ連の侵攻以前にアフガニスタンを訪れたことがあったし、
インドにも暮らし、一帯のアジアの文化を愛している人でもあった。
それでも、この時も私は、仏像は誰のものか、と思った。
「彼らの怒りの大きさだけはわかるよね」と私は答えた。
私たちにあるとされる彼らの行為を非難する権利とは、
いったいどのような権利なのだろうと考えながら。

「世界遺産」の「世界」に、
アフガニスタンの人々は含まれていないような気がした。
「世界」にとっての「遺産」のほうが、
そこに暮らす人々よりも大事に思われているような気がした。

そういえば、周囲の日本人の友人知人からは、非難の声を聞かなかった。
もちろん訊ねれば遺憾の答えは得られただろう。
けれども先のイタリア人のように、
話をこちらから振ったわけでもないのに、
アフガニスタンの「事件」に関する意見や感慨や感情を聞かされる、
ということは、少なくともなかった。
おそらくは、自分たちが「世界」の一員であるという意識もなければ、
その「世界」の外に存在するアフガニスタンに対する興味も、
なかったのだろう。

バーミヤンの石仏は、「世界遺産」である前に、
アフガニスタンの人々の祖先が残した遺産である。
それを破壊することは、自らの歴史を破壊することだ。
過去を破壊して新たな歴史を作るというのなら、
作れるというのなら、もう何も言うことはない。
それはあなたたちの選択であり、あなたたちの損失なのだ。

シリアに、クラック・ド・シュバリエという城がある。
中世十字軍の時代、聖地奪還のための出城として建てられた。
サラディンも攻略できなかったと言われる強固な、美しい城である。
シリア内線の激化で反政府勢力側に使用されるようになり、
アサド軍の空爆で一部が破壊されたという報もあった。
ここは今どうなっているのだろう。
パルミラのように石柱と崩れたアーチが残っているだけの遺跡と違って、
深い堀も、城壁も、砦も、立派に残っていた。
この城がこのような形で残ったのは、十字軍をイスラム側が追い出した後も、
破壊せずに、自分たちの城として使用してきたからだ。

イタリアの地は、古代ローマの建築と彫像で埋まっている。
ローマで地下鉄工事が進まないのは、掘れば遺跡に当たってしまうからだ。
この遺跡の現代に放つ価値を、イタリアの人は良く知っている。
その価値を最初に発見したのはルネッサンスの人々であった。
石の建築物は掘れば出てくるが、文献は失われていた。
イスラム世界でアラビア語訳されていたものを逆輸入して、
彼らは古代を再発見する。

大理石の彫像の多くは粉々に砕かれ、消石灰として利用された。
コロッセオは石切り場と成り果て、壁や床や階段が、
建築資材として持ち去られていった。
その残り物からでも、それまでにない新たな時代精神と技術芸術が導かれたのだ。
イタリアの人が過去の遺産に寄せる思いは、また格別なのかもしれない。

シリアの城は、南イタリアのノルマンの城にも似ていた。
円形の塔の内部の薄暗い階段を上り、砦の上に出た。
青々とした牧草の野が広がっていた。
向こうに地中海が見えるはずと、
雨交じりの空の先を指さされたことを思い出す。

クラック・ド・シュバリエ の写真

【付記 3/6】
あらたな破壊のニュース
Islamic State: Ancient Nimrud ruins ‘bulldozed’ in Iraq(BBC 3/5)

よくニュースに流れたモスルの博物館での破壊の様子
【BBC1分解説】過激派組織「IS」はなぜ美術品を破壊

上記モスルの博物館の収蔵品は、主要なものはバグダッドにあるイラク国立博物館に運ばれており、破壊されたのはレプリカだという話もある。また、ISは美術品を密売しているので、売れないもの(レプリカや運ぶのが大変なもの?)を破壊しているのだとも。

そのイラク国立博物館が12年ぶりに再開したとの報。2003年のアメリカのイラク戦争で収蔵品15,000点が略奪されたものの、約4,300点を回収して再開にこぎつけたとのこと(残り1万点以上はいったいどこに消えたのだろう)。
イラク国立博物館が12年ぶり再開、ISの略奪行為に反発(AFPBB News 3/1)

イラク戦争時の略奪の様子は、バグダッド陥落をリアルタイムで取材していた不肖宮嶋の本で読んだ。市民たちが道路を略奪品をかかえて歩いていく写真は、戦時のシュールさというよりも、戦時の別のリアルであった。宮嶋は、行政省庁などからファックスやコピー機など自宅に持ち帰っても使えないようなものを持ち出す市民にあきれ、省庁に放火し、書類を燃やす市民に、いったいこれでどうやって戦後の国づくりをするというのか、とその愚かな振る舞いにもあきれていた。が、バグダッドを占領した米軍は、市民の略奪を黙認した。米兵は真っ先に石油省を押さえ、そこだけを防護した。博物館は石油省の隣の建物だというのに。

【イスラム国】古代アッシリアの遺跡破壊 イラク北部モスル近郊 (産経ニュース 3/6)
世界遺産「ハトラ遺跡」を破壊 2000年前の古代都市 「大きな爆発音」
(産経ニュース 3/7)

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