「イスラム国(IS)」と日本 — 追記あり 2/5

IMG_368033

2011年2月 シリア中部のパルミラ遺跡近郊にて 丘の上にそびえるのはアラブの城

いつもながら、安倍さんの言葉に非常な問題を感じている。
違和感などというあいまいなものではなく、
「それ、違うでしょ」という明確なものだ。
「償わせる」もそうだし、「忖度しない」もしかり。

「(邦人殺害の罪を)償わせる」は、
米国人ジャーナリストがISに殺害された後のオバマ大統領の発言にそっくりである。
確かオバマさんは、「ISは報いを見るだろう」というようなことを言い、
空爆を拡大させたのだった。


どうせなら「報いを見るだろう」のほうが良かったかもしれない。
日本語の「報い」は因果応報のように、
報いる主体を限定しなくとも使えるからだ。
よって「償わせる」よりは、語調として弱い。

では安倍さんは、何をもって「償わせる」と言ったのだろう。
追及されてあわてて、それは(日本による)武力的なものではない、
(国際的な)法の裁きによるものである、と言いなおしているが、
「償わせる」は、自らに「償わせる」手段を持つ者だけが使い得る言葉である。
その手段を持ちたいという強い願望が、このように口をすべらせたのか、
とも思ってしまう。

「(テロ組織の言うことなど)忖度しない」は、「テロ組織とは(公式には、あるいは表向き)交渉をしない」と一見同義に思えるけれど、そしてそのような意味だと後付けしているけれども、言葉の厳密な意味では、「ISが何を言おうと気にしない」、「彼らの真意やメッセージが何であるかなど考えない」ということで、TVニュースでこの表現を聞いたときは思わず、「忖度しろよ ! 」と叫んでしまった。

いったい忖度もせずに、どのようにして今回の人質「事件」に対する行動方針を立て、解放や救命の(水面下の)交渉を行えるというのか。安倍さんのこの言葉は、そんなこと本気で考えてはいなかった、と言っているのに等しい。

だが、日本では野党もマスコミも国民も、一国の首相である人が用いる言葉の厳密な意味合いを問い質すに、たいそう甘い。これまでもずっとそうであったその甘さが、今回の中東訪問の言動を許してしまったのだとも言える。首相の中東での言動に対する批判、あるいは疑問は、1月20日に湯川さんと後藤さんの身代金要求の動画が流れた直後から、一部では指摘されていた。その後メディアや野党の質疑で批判が出てきてはいるが、「悪いのはテロリストである」、あるいは「テロを安倍(政権)批判に利用するな」といった声が、直視すべき重大な点を覆い隠し、検証に値する言葉をさらに甘やかしているようにも思う。

厳然たる事実だけを見よう。
日本政府は、二人の日本人の命を救えなかった。
この事を、救いのある未来に、繋げなければならない。

二人の死のうち、特に後藤さんに関しては、いくつかの要素が重なり合った結果だと思える。彼は何度も戦地を取材しているジャーナリストであるから、拘束や戦闘に巻き込まれるリスクは承知していただろう。けれどももし、湯川さんが先だって拘束されていなかったなら、あるいは解放されていたら、彼は敢えてIS支配地域に入っただろうか。これまでの後藤さんの取材は、前線での戦闘よりも、その地域に住む一般の人々や子供たちの姿を伝えることに軸足を置いていた。戦闘は、避難困窮生活を送らざるを得ない彼らの「背景」であった。シリアやイラクではその戦闘地域がどこと限定できないほどモザイク化していたとしても、情報収集や対策は怠らなかったはずだし、できうる限りの危険は避けようとしただろう。

湯川さんは最初にシリアに入ったとき、反アサド武装グループの中では穏健と言われる自由シリア軍に、半ば身柄を拘束されている。それをトルコで解放させたのが後藤さんであった(このことはマスコミに出ているのだろうか)。これにより湯川さんは後藤さんと交流を深め、この後の後藤さんのイラク取材に助手として同行している。ISがモスルから勢力を伸ばしていた初期、イラク北部のクルド人部隊ペシュメルガはこれに対抗し、重要な油田地域キルクークを押さえた。後藤さんがこのキルクークで取材している映像を見たが、撮ったのは湯川さんであろう。

その後湯川さんは、周囲の、おそらくは後藤さんの制止も聞かずに三度目の渡航を決行し、自由シリア軍との行動中にISに拘束されてしまった。このことに後藤さんの責は何もない。何もないけれど、今回のシリア入りには、湯川さん救出も目的のひとつであったと聞く。常なる取材目的を超えた責務を伴う動機が、彼にいつもなら超えない一線を超えさせたことはなかったか。

湯川さんの解放に向けては表だった動きがあった。中田孝氏とジャーナリスト常岡浩介氏が、ISから「湯川さんの裁判のための通訳」を要請されシリアに入った。9月のことである。だが、戦況の悪化もあってか湯川さんに会うこと叶わず、帰国している。その際、常岡氏は再訪を約したという。

10月2日、後藤さんがシリアに入る。
10月6日、中田氏と常岡氏宅が北大生のIS「移住」計画がらみで家宅捜索を受け、常岡氏の翌日のシリア渡航は頓挫。

もし常岡さんがこのときシリアに渡り、湯川さんに会うことが出来たらどうだったかと問うことは、意味のないことだろうか。常岡さんはこの時点から身代金要求の動画が流れた1月20日までの間の事態の動きに対して、1月22日の会見でこう述べている。

私が3ヶ月前まで聞いていた話では、緊急の危険があるわけではないと聞いていました。イスラム国自身が、彼を身代金を要求したり、見せしめの殺害をしないと明言していたので、連絡ができなくなって3ヶ月が経っていたわけですが、それほどの危機感は持っていませんでした。ですからあのビデオをみて、状況がひっくり返っていることに驚いたのです。

中田氏も一緒のこの記者会見では、二人はシリア渡航とISとの交渉仲介の用意があると発言している。

これに関して、先日どこかの報道番組でコメンテーターが、交渉というのは水面下で行われるものであるから、あのように記者会見するのでは交渉役になれるはずもないと批判していた。だがこれは、少し的をはずした評である。中田先生も常岡さんも、あの会見で政府が自分たちに交渉役を頼んでくるとは思っていなかっただろう。あの会見は政府にというよりも、むしろISに向けてなされたものだ。

今回の事件で、私たちは、政府が何をし、何をしなかったかを、問うべきである。それらがすべて表に出てくることはないだろうけれど、少なくともここに一つ、政府がしたことがあり、かつしなかったことがあるのを、記憶にとどめておこう。

後藤健二というジャーナリストを、私は半年ほど前に知った。湯川さんがISに拘束されて後のことである。後藤さんは取材ソースをメディアに提供したり、子供向けの講演や、難民・被災者などへの支援活動に力を入れていたようで、HPやTwitterでの一般向けの発信はそう多くはなかった。それでも私は、Twitterのリストに彼を加えた。発信力の高い20人弱の人たちをフォローするリストである。彼はシリア入りをツィートし、30秒余りの短い動画で可能な限りシリアの様子を伝えると宣言し、実際にトルコ国境近くのコバニを背中に、銃弾の聞こえるような映像をYouTubeにあげていた。

それが10月23日を最後に、ぷつりと途絶えた。案じていると常岡氏から、シリアでK.G.というフリージャーナリストが行方不明になっている、というツイートが流れてきた。イニシャルなのが不穏であった。これは、公に名前をだしたらまずい状況である、ということを意味している。12月になっていただろうか。

1月20日、モロッコの、アトラスを超えた砂漠への中継地点ワルザザートのカフェで、私は新聞のヘッドラインとTwitterの上記リストで、ISが拘束している邦人二名に身代金を要求し、受け入れられなかった場合の殺害を予告する動画を流したこと、人質の一人は湯川さんであり、もう一人が後藤さんであることを知った。湯川さんの死はアルジェリアにも近い砂漠の町マーミドで、モロッコ時間の25日午前1時すぎ、後藤さんの死は帰国のためのフライト搭乗前、フランス時間で1/31日の夜、シャルルドゴール空港で知った。

この間、12月には既に後藤さんの家族に身代金が要求されていたこと、従って政府はそれを知っていたことが報じられた。また今回、後藤さんはガイドに裏切られた、つまり「売られた」と言っていた、という報もあった。ここにもまた、不幸な要素の重なり合いがある。

常岡氏がこの三か月のISの急変に驚愕したように、おそらくはISの置かれた状況が、政府だけでなく、現地情勢に詳しい人たちの予想をもはるかに超えて悪化していたのだと思う。ガイドが外国人をISに「売る」ような行為は、現地の無法化が一層進んでいたということでもある。

外務省は首相に、このタイミングでの中東訪問の見直しを提言していたという。だが、官邸主導の政治はそれを無視した(*追記参照)。

ISが二人にオレンジ色の服を着せ、二億ドルの身代金を要求する動画を流したことは何を意味するのか。水面下での後藤さんの身代金による解放交渉を彼らが見限ったのだろうと、私は思った。日本政府がこの交渉に乗ることはない。おりしも安倍さんの、ISと敵対する中東の国々訪問が、”敢えて”、ぶつけられた。加えて、「ISと戦う国への二億ドル支援」発言である。さらに、政権は支援をヨルダンに求め、対策本部を置いた。これらの安倍さんの言動により、ISは、今が人質というカードを切る最適のタイミングだと判断したのだと思う。

安倍さんは、日本がISと正面から対峙するなどということはもちろん考えていなかったに違いない。政権が、ISが状況の悪化により先鋭化していることに甘い見方をしていたことも、その状況の悪化のスピードを考えれば、仕方がなかったのだろうと思う。だが、微妙な状況に人質が置かれていたこと、その解放交渉も水面下で進められていたこと、この二点だけを持ってしても、不用意とも見える言動の責は問われるべきだと、私は思う。何よりも、彼らに口実を与えてしまった。それを問うことが、今後も中東イスラム圏でビジネスを展開し、これらの地域に旅する私たちの命を守ることに繋がると、思うからである。

観光旅行に出かけられるということは、幸せなことである。その国と私たちの国が良好な関係にあり、いずれの国も平和で、旅人を送り出し受け入れる余裕がある、ということだからだ。ワルザザートでも、ワルザザートから30分ほどの、4WDで川を渡って行く谷あいのオアシスの村フィント(雨が降って川の水量が増えると交通手段は無くなってしまう)でも、砂が押し寄せる砂漠の最前線の街マーミドでも、ミントティーを飲みに立ち寄った通りのカフェで、あるいは、太陽が山の上を左から右にゆっくりと移動するのを眺めていたホテルのテラスで、私は限りなく平穏な時間を過ごした。これほどピースフルな場所がこの世にあるだろうかと、思っていた。平和なイスラム世界がそこにはあった。

旅に関しては、逆のこともまた言える。私たちは旅によって、その土地の人々と平和な関係を築くこともできる。顔立ちも身なりも何もかもが異なり、言葉も通じずとも、太鼓が打ち鳴らされるのに体が躍り出す時間を、共有することが出来る。

以前、いつかリビアに行きたい、と書いた。
付け加えておこう。
いつか再び、シリアに行きたい。

【追記 2/5】

ISが、ヨルダンのパイロット、カサースベ中尉の殺害映像を公表した。中尉はいつ殺害されたのであろう。ヨルダン政府はこれを1月3日と見ているという(朝日新聞 2/5日)。

ISは後藤さん解放の条件を変更し、ヨルダンに捕らえられていたリシャウィ死刑囚との交換を求め、「応じなければ中尉を殺す」としていた。直後から、中尉はもう殺害されているのではないかという声が、ヨルダン内部からもあった。

二つの国の人質がいて、二つの国との交渉があった。日本は交渉らしい交渉をしていなかったようだけれど、ヨルダンではすでに中尉とリシャウィ死刑囚との交換を模索していたと聞く。後藤さんに重なった最大の不幸は、この二つの交渉がリンケージされたことにあったのではないか。

もし、中尉がすでに殺害されていたとすれば、ISはもう生きていない人間を交渉のカードに使ったことになる。ヨルダンは、中尉の生存の証拠を求め続けた。では、ヨルダン政府が1月3日と日時まで即座にあげられるほど正確に中尉の死をつかんだのは、いつのことだったのだろう。

もし、中尉がすでに殺害されていたのをヨルダン政府も事前に知っていたとすれば、ヨルダン政府もまた、生きていない人間を生きていないと知りつつ、一枚のカードとして交渉を進めていたことになる。とすれば、ヨルダン政府が最も恐れたのは、ISでもなく、後藤さんの殺害でもなく、もはや中尉の死でもなかった、ということだ。恐れたのは、リシャウィ死刑囚との交換の失敗を国民にこのタイミングで知られることだったのではないか。中尉が有力部族に属すこともあっただろう。ヨルダン国民の間には、「有志連合」の空爆への参加に反対の声が高まっていて、デモも行われていた。中尉の死がタイミングをずらして明るみに出たことにより、それがISへの報復に反転した。政府はさぞや胸をなで下ろしていることだろう。

湯川さんと後藤さんの解放の仲介役をどこの国に求めるかでは、早くからトルコの名があがっていた。49名もの人質を解放させた実績のあるトルコと、1名の解放さえままならなかったヨルダンと。結果論と言われようとも、やはりこの点を問わずにはいられない。結果からさえ学べないのなら、もはや私たちはなにものからも学べないのだから。

今日はまた、「日本人には指一本触れさせない」という安部さんの発言があった。「償わせる」と同じく、あくまで主体は自分である。それをどのような現実的手段で行い得るのか、という疑問がただちに湧いてくる点でも、同じくである。

(*)もう一点注目すべきニュースがある。外務省のテレビ朝日に対する抗議声明である。報道ステーションが、外務省はこの時期の安部総理の中東訪問を見直すよう求めていた、と報道したことに対して、それは事実に反すると抗議したのだ。さてどちらが真実なのだろう。もし日本の外務省が(たとえそこそこにではあっても)優秀であるのなら、見直しの要求は当然のことだ。これに関しては、矢作俊彦のツィートをあげておこう。

ばかだなあ。黙ってやり過ごせばそれきりだったかもしれないのに。たとえ官邸向きのパフォーマンスだとしても、正式抗議したということは省内のよっぽど深いところにディープスロートがいたってこと、つまりこのネタ、噂やガセじゃないってことだ。
http://t.co/MRqP9wLoLK

 

やはりこの言葉に強く反応する人はいる。
人質事件、「罪を償わせる」安倍発言の意味(Web Ronza 2/6)

  • トップへ戻る
  • カテゴリアーカイブ
  • HOME

コメント

メールアドレスが公開されることはありません。* は必須項目です。


*


*