非対称の「戦争」 — パリの「テロ」② なぜバタクラン劇場が選ばれたのか、他

いくつか目に留まったものを前記事に追記しようと思ったけれど、
既に長くなっているので、別記事にする。

今日の朝日新聞朝刊、酒井啓子さんのインタビュー記事から。

 事件の後すぐ、フランスはシリア国内の過激派組織「イスラム国」(IS)の拠点を空爆しました。各国首脳は「テロと戦う」と表明しています。しかしそこには、「何のための攻撃であり、その後にはどんな希望があるのか」というメッセージが欠けていました。

 「テロとの戦い」という言葉は、ブッシュ政権の頃に使われ始めました。イラクなどの民主化を打ち出して介入したものの失敗。スローガンだけが残りました。いま欧米諸国は、シリアや中東の人たちではなく、自国の安全と利益を守るためだけに「テロとの戦い」を掲げているように見えます。しかし本当の「戦い」は、内戦の解決に向けて動くことではないでしょうか。建設的なものが何も見えないままの破壊は、攻撃され巻き添えを食う人にとって、報復の対象になるでしょう。

 攻撃する側の「無自覚」も、戦火にある人々を傷つけています。パリのテロの前日、レバノンでもテロがありました。ISと地上戦を交えている組織の拠点がある首都ベイルートです。ISの支配地域の周辺国にとって、戦いはリアルです。一方、今回狙われたパリのロックコンサート会場や金曜夜のカフェは、戦火からほど遠い空間の典型でした。パリで起きたような殺戮(さつりく)はシリアで日々起きていて、その中にはフランスの攻撃による死もあることに、思いを巡らせる必要もあるでしょう。

 今回のテロは、フランスはじめヨーロッパに潜在的にあった、反イスラム、反移民・難民の勢力を決定的に後押しすることになるでしょう。排除からは反発しか生まれません。難民がテロリストになる必要がないように温かく迎え入れることです。日本にも、将来の復興を支えるシリア人留学生の受け入れなど、できることはあると思います。

「テロとの戦い」の先に 酒井啓子・千葉大教授に聞く

こちらは、EchoEchanges <言霊の交換>にパリ在住のコリン・コバヤシさんが寄せた記事。

 仏政府は、「我が国は戦争状態だ」と宣言したが、国内に<ダエッシュ>が存在する現実の中で、どうやって市民の安全を確保できるというのだろう。シャルリー・ヘブドのテロ以来、また発生すると言われていたこのような攻撃を防ぐことはできなかった。仏政府はテロ攻撃による犠牲を覚悟で、国民に犠牲を強いる形で宣戦布告を行った、といっても過言ではないだろう。空爆を継続しつつ、丸腰の市民たちをカラチニコフから守ることなどできないし、自爆覚悟のジハジストたちから身を守る のは至難の業である。

 
 仏政府や米国同盟の国々は、空爆の果てに、中東にどのような平和をもたらすのかという、見取り図がまるで描けていない。それはブッシュのアメリカがアフガニスタンで実行し た攻撃とまるでかわらない。こうした空爆、ドローンを使用した特定攻撃など、シリアやイラクの民衆から見れば、憎しみの対象であり、それを肥大化させるに役立っているに過ぎないのではないか。それゆえ、イラクでもアフガニスタンでも失敗した軍事作戦とその後の経過は明白である。報復だけに焦点を絞った戦争は、おそらく何の成果も得られない。またテロの抑止力にはなりえない。平和の維持と道筋を作るために存在するはずの国連はもぬけの殻である。国連の果たすべき役割をもう一度、取り戻す必要があるのではないか。
 
 フランスがもし独自のやり方で、中東平和に貢献することができるとするなら、ナトー北大西洋条約機構から脱出することが、不可欠の前提となるだろう。それは米国の力による支配から距離を取ることに繋がる。そして、アメリカとは異なったやり方で、中東の平和構築に寄与することを考えるべきだろう。そのためには、パレスチナー イスラエル問題の解決を図らねばならない。そして、94歳の社会学の巨人エドガール・モランが指摘しているように、こうした政治的解決を阻止している世界資本のロビー活動をストップさせねばならない。
 
 だが、今のオランド=ヴァルス政権は、ブッシュ政権と同じような歩み方をしている。畏怖すべきである。
パリの新たなテロ攻撃を前にして:第三信 (2015.11.17)

コリンさんは第ニ信では、なぜバタクラン劇場が選ばれたのか、ISあるいはサラフィー・シハーディストにとっての「意味」を語っている。

 しかしなぜ、この劇場が狙われたのか。19世紀オペレットの作曲家、オッフェンバッハの中国趣味の喜劇の一幕『Ba-ta-clan』 に由来する名を持った劇場だが、当時の装いを彷佛させつつ、長い間ユダヤ系家族の所有物だった。オーナー、パスカル・ラルーは今年の9月に世界的大企業ラ ギャルデールに売却し、イスラエルに移住した。ラルーは、売却するまで、毎年一度開かれるイスラエル国境警察のギャラ公演に無償で会場を提供していたことで、パレスチナ支援運動やイスラエルボイコット運動からしばしば批判の的になっていた。当夜公演したアメリカのハードロック・グループ<Eagles of Death Metal>は、イスラエル公演を行い、公演前に、ピンク・フロイドのロジャー・ウォーターから中止すべきではないかと、忠告を受けていたが、無視したグループであった。こうした文脈や、イスラエル/パレスチナ問題の関連性を考えれば、この劇場が攻撃の対象になったことは、故なきことではないだろう。
パリの新たなテロ攻撃を前にして:第二信

また、フランス国内でも「テロとの戦い」の武装介入に反対や疑問の声明が上がっていることを伝えている。

 当然、左派系の市民団体から多くの声明が出され、政府のイケイケ戦争の姿勢を批判している。例えばこの戦争を私たちの戦争として認めないもう一つの世界を目指すATTAC Franceの 要旨を汲み取ると、米国の行った惨憺たるアフガニスタン、イラク戦争の後を継いで、フランスがイラク、リビア、シリア、マリ、チャド、ニジェール、中央アフリカへ介入していることは、ますますこの地域を不安定にさせ、この地域から難民をヨーロッパに送る出す結果となっており、ヨーロッパの厚い壁によって、 受け入れられず、海岸に打ち上げられる事態となっていることを指摘している。こうした社会的正義を伴わない戦争は、平和を齎らさず、この戦争を終焉させるためには、私たちの社会が、力や武器や石油やウランの陶酔から脱却しなければならない、と述べている。

酒井さんも指摘しているように、移民排斥と難民受け入れ拒否の動きは、既に始まっている。それに反して、フランスの武力介入に反対する声は、あまり報道されていないように思う。コリンさんが伝えるように、「ブッシュの戦争」から学んだ人たちも声を上げているというのに。それらが、吹き上がる報復と憎悪の連鎖にかき消されずに浮上することが、「テロ」の消滅と中東地域安定という、希望への道に繋がるのだと思う。

追記 11/19

川上さんの記事。雪崩を打つようなIS空爆に、ものすごくいやな感じを抱いていた。感情の収まりのつかないこのタイミングでは、国民の抵抗感も少ない。それが、オランドの非対称の「戦争」が、国民の熟慮にはかることもせずに始まっていたことに対する批判を覆い隠す効果は、確かにある。
パリ同時多発テロを戦争へと誘導する未確認情報の不気味(Newsweek 2015.11.18)

 どうも、この間の数日の報道や情報の流れを見ていると、「IS空爆」という戦争を激化させようとする政治的な意図のもとに、未確認情報が飛び出し、それによって世論操作が行われ、政治が動いているように思えてならない。その陰で、フランスや欧州の足下で重大な危機が広がっていくのではないかという危惧を抱かざるをえないのである。

対があるわけではない。

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