反発は予想通りだった ? 安倍さん…

韓国と中国の反発は予想通りだっただろうけれど、
アメリカの「失望」も想定の範囲だっただろうか。
I’m disappointed という言い方は、「恋人から言われたら一発で終わり、
親友から言われたら真っ青になる、親や教師だったら(子どもに対する)叱責」
というくらいきつい言葉だと北丸雄二氏。

北丸雄二×宮台真司 「 靖国参拝へのアメリカの声明」2013.12.27

こちらではイギリス紙を紹介している
安倍首相の靖国参拝 英メディアの報道は?

靖国神社が英語では「war shrine(戦争神社)」と表現されることを初めて知った。
「英霊」というのはなんと訳されるのだろう。
そもそも国のために戦って死んだ同胞を、
「英霊」と神格化する概念は英語にはないだろう。
安易だけれどGoogle翻訳で「英霊」と入れてみた。
「Spirits of war」と変換された(Yahoo では 「Soul」 それはないでしょ)。
ちなみに電子辞書ジーニアス和英で引こうとしたら、えいれい がない。
単に戦死者としてしか、戦争で戦って死んだ人を呼ぶ呼び名はないのだ。

「英霊」という言葉がいつ生み出されたのか。
いつから使われるようになったのか。
美しい日本語の響きに隠された欺瞞性と暴虐性。

私はイスラムのジハードを連想する。
ジハードは日本では「聖戦」と訳されるけれど、
本来は努力すること、というような意味らしい。
爆弾を抱えて敵に突っ込む戦法は日本の特攻隊から学んだと、
川上泰徳さんのインタビューでイスラム指導者が語っていた。
敵を倒すための自爆は聖なる行いであるので、
本人は間違いなく天国行の切符を手にする。
加えて、自爆はただの戦死より格が上で、
そのチケットは家族分まで発行されると、志願者を募るらしい。

ガザで、川上さんが取材した自爆青年の家族は、息子は騙されたんだと、
強い怒りと共に、自爆に若者をスカウトした宗教勢力を批判していた。
敬虔なイスラムの信徒であっても、いや、であればなおさら、
ことの欺瞞性と暴虐性は許しがたいに違いない。
「英霊」と祀られた日本の若者の家族にも、きっと同じ思いの人がいる。
その「英霊」たちは、国民を欺き、自らを無駄な死に追いやった戦犯と、
同じところに祀られているのだ。

たかが神社に参拝したくらいで、とか、
(戦)死者を弔うのがなぜ悪い、とか、
無邪気に思っている若者もいるだろう。
だが、首相の声明にある「反戦の思い」も、「中韓を傷つける気持ちはない」も、
どんな言葉を連ねても、その行為がすべてを空洞化していることを見るべきだ。
海外の批判論者は、誰一人首相の言葉をまともに取り上げず、
その行為が発するメッセージだけを見て語っている。
丁寧に説明すれば理解を得られる、があり得るとは、とても思えない。

7年前の小泉さんの参拝との違いをあらために思う。
2006年に田原牧さんが書いた「装置としての靖国」(前記事)は、
すでにずっと存在していたけれど、民主党政権への反動もあってか、
今この「装置」は、復古主義と市場経済のハイブリッドなど不要なほど、
不気味な推進力をある個人のうちに獲得しているようにも思う。
そして彼は、自分が孤立した一個人ではないことを強烈に自覚している。

朝日新聞の記事によれば、極秘裏にことを進めたのは、
(参拝を歓迎する人々が振る)旭日旗にまみれて参拝するわけにはいかないからだ、
という。そんなことにでもなったら、どれほどの批判が沸き起こるか。

がしかし、内実はそういうことである。欧米からの批判者は、
旭日旗にまみれて自己陶酔しているその姿を、しっかりと見ているのだ。

国の首相が踏み出したこの一歩が、直近の利益を国民から奪うものであるのは確かだ。
(時代に逆行する姿勢で国を孤立させ、反発と反感を拡散増殖させ、
近隣国の強硬姿勢に口実を与え、地域を不安定化させ、経済に打撃を与える行為は、
果たして「愛国」なのか?)
これを更なる不利益や、国の破壊につながらないようにするためには、
どうしたらいいのだろう。
旭日旗を振っている人々にこそ、その不利益や破壊がまず及ぶのだということを、
どうしたら彼らは理解するのだろう。

 【参考記事 12/29 追記】
【 日本で台頭する危険な国家主義 】ニューヨークタイムズ社説
靖国参拝は「挑発行為」=米紙
世界中があきれ懸念する安倍内閣と日本社会の「靖国引きこもり症」という病氣(その1)
豪紙も首相の靖国参拝を批判 「日本のオウンゴール」
靖国参拝「倫理に反する」 ユダヤ系団体も非難

安倍首相の靖国参拝 ネット世論の8割が支持

Yahooの意識調査では、圧倒的に支持者が多い。
コメントもほとんど支持コメントで埋め尽くされている。
そして、皆たいそう嬉しそうである。
言論統制されてるみたいでものすごく不気味。

コラムニストの小田島隆さんが、朝日新聞の耕論で、
FBのいいね! が首相の参拝の背中を押した、と書いているけれど、
その支持層がここに結集しているようにも思う。

しかし、この人たち、日本が政教分離の国であるということすら知らず、
国際社会の批判の文脈も全く理解できていない。
とんでもなくはずしてることでも、堂々と主張したことだけで気持ちが良いらしい。
それが日本にも、周辺国にも、同盟国にも何の利益をもたらさないだけでなく、
むしろ大きな害を及ぼすことであっても。

この人たちは、死んだら英霊として靖国に祀ってやるから、
爆弾抱えて突っ込めと言われれば、喜んで爆死するのだろうか。
たぶん、そんなことまで考えて支持している人はいないだろう。
もっと短絡的な、感情的な満足を得ているだけのようにみえる。
が、このなだれをうつような感情が、首相の背中を押し、
彼の気持ち良さにもなっているのだとしたら…。

オーストラリアからは「オウンゴール」とまで言われてしまっている。
いい加減、恥ずかしいはなしである。

もう一つ。英霊と自爆(特攻)について。
イスラムの自爆テロには、宗教的な吸引力だけでなく、
厳しい現実への強い怒りと、それに対する平和的な解決策が見えない絶望がある。
だが、かつての特攻青年たちが抗うことなく死に向かった理由は、
このいずれでもないだろう。
そのことを、あの戦争の意味を、きちんと考えてこなかったつけが、
こうしてまわってきているのだとも思う。

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