Tuaregのハイブリッドな音楽と音楽のハイブリッド性

こんなのがFBで流れてきた。
Soundcroud のタグにはTuareg とあるけれど、
饒舌なベースときらびやかなピアノはジャズだし(しかもカラカスでのライブ)。

思い出すのはハービー・ハンコックの「イマジン・プロジェクト」。でも、考えてみたら、こういうハイブリッドは、ティネリウェンのイブラヒムがギターを手にした時に始まったわけではさらさらない。

来週27日から出かけるモロッコはベルベル人が6割の国で、トゥアレグ族はベルベル系の部族のひとつだ(代表的には4つの部族があるという)。領域国民国家(と中田孝氏に倣って言ってみた)の成立の遥か以前から、あるいは強権占領国によって国境が引かれた後も、砂漠という特殊な地域性もあって、彼らの分断の感覚は、私たちが国や国民に感じるものよりはるかに薄いのではないかと勝手に思っている。そんな話を、もしベルベルの人と出会ったらしてみたいけれど、私の語学力では難しい。

音楽の話に戻ると、少しずつ読んでいる『モロッコを知るための65章』に、音楽についての二章があった。彼らのフォークロアな音楽は、西アフリカだけでなく、エジプトやスーダンなどとの活発な交流により形成されてきたこと、そのような交流はアフリカだけでなくヨーロッパとの間にも行われていたこと、そして、スペインのアンダルス音楽との混淆が指摘されていた。

そうか、15世紀、レコンキスタでグラナダを追われたイスラム教徒は、多くジブラルタルを南に渡ったのか。ここにも様々なハイブリッドがあったわけだけれど、音楽とはそもそも、響きあい共鳴しあう性質上、自然とハイブリッドに至る部分があるものなのだとも、あらためて思った。

(歴史を少し見ると、ベルベル人とアンダルス地方=南スペインとの交流ということでは、レコンキスタはまだ最近のことだ。それ以前にも、たった14キロほどしかないジブラルタルを北に、多くのベルベル人がヨーロッパ大陸に渡っている。ヌミディア騎兵というのが塩野さんの『ローマ人の物語』にも出てくるけれど、古代から優れた音楽家は優れた戦士でもあったのか。また、そもそもアンダルスのイスラム国家、ナスル朝グラナダ王国というのは、ベルベル系の王朝だった。)

ヨルダンとエジプトでは、生の音楽に触れることができてとても幸福だった。今はこんなふうに、YoutubeやSoundcloudやMySpaceで、世界中のコアな音楽を聴くことが出来るけれど、出かけて行ったその土地での、耳で聴くだけでない音楽との出会いは、私にとって旅の大切な宝物の一つではある。モロッコではどうかなあ…。

 

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