ウズベキスタンは危険? いや、平和な国でした。(追記 ~2017.7.7)

P8104894_s_w1

12日夜に帰国、成田に一泊して翌日帰宅。
その後最優先の仕事や私事であっというまに時間が過ぎる。
数日前にやっと写真を整理し始めて半ば。

ウズベキスタンに行く/行ってきた、と言うと、一様に、
危なくないんですか(よく行きますね)というような反応が返ってくる。
感覚としては、もしかしたらモロッコより危険視されているかもしれない。
行く前は(初めてのことではあるし)こういう反応もそれほど気にならなかったけれど、行って帰ってきて同じ言葉に触れると、つい、そんなことまったくありませんよ! と否定してしまう。日本の人々の先入観の強さに対する反発と、ウズベキスタン擁護の気持ちからである。

仕方のないことではある。
情報は少ない。
危険というイメージは、知らないところほど強く喚起されるものだ。
イスラムの国であるということもあるかもしれない。それに、
外務省の渡航情報を見れば、危険度1の「十分注意してください」ではある。

17日夜、バンコク中心街の廟で爆発があり、日本人を含む死傷者がでた。
もしタイに行くと聞いても、この知人友人たちは決して危険を問うことはなかっただろう。

けれどもタイもまた、バンコクは同じレベルの「十分注意してください」であり、一部の地域は一段上の「渡航の是非を検討してください」や、二段上の「渡航の延期をお勧めします」になっている。いずれも「継続」であるから、爆発事件の前から出ていたものと思う。ただし危険指定されている地域は非常に限定的であり、それ以外のほとんどの地域には何の危険勧告も出されていない。

きょうび、このような、危険度1「十分注意」の国はけっこう多い。ざっくりアジアをみても、インド、中国の一部、ネパール、ミャンマー、カンボジア、フィリピン、インドネシア、タイとなる。

中央アジアでは、アフガニスタンはもちろん最高危険度4の「退避、渡航の延期勧告」であるが、ウズベキスタンやカザフスタン、トルクメニスタンは危険度1の 「十分注意」、2の「渡航の是非検討」がパキスタン、タジキスタン、キルギスの一部などである。ちなみにロシアも危険度1である。

「十分注意してください」では、旅行会社はツアーを出す。驚いたのはエジプトで、現在危険度2の「渡航の是非を検討してください」であるが、大手旅行会社がツアーを売り出している(2015年8月)。危険な場所を避ければ十分催行可能との(長年培った)読みや自信があるのであろう。また、エジプト側の要請も、日本の観光客の要望も大きいに違いない。

そのエジプトも、爆発騒ぎやテロ事件が頻発している。トルコも、ちらほらと警察官襲撃や地下鉄テロ未遂のニュースを聞く。世界はひと昔前よりも危険になっているような気は、確かにする。

ウズベキスタンはと言えば、首都タシケントでもサマルカンドでも、緊迫感はまるでなかった。中世の城壁に囲まれたヒバや、古都ブハラも、夜、女二人で散策していてもまったく危険を感じなかった。子供連れの家族が夕涼みに繰り出す賑わいの中に警官はおらず、人々は人懐こくて物おじせず、カメラに笑顔を向け、子供にガムをあげると俺にもおくれと父親にねだられた。ホテルへの道を尋ねれば、その子供が自転車に乗って先導してくれた。

タシケントのような都会には、世界中どの都会にもあるような危険地帯はあるかもしれない。観光客相手のすりやひったくりはいるようである。だが、これはイタリアでも同様である。否、イタリアのほうが危険度の高いところがありそうな気がする。暴力のはびこる地帯があり、その理由が社会にあるからである(カモとなる観光客が多い、というのもある)。

ウズベキスタンで街を歩いていると、よく「ヤパーニ(日本人か)?」と訊かれた。そうだ、と答えると、よしよし、 というふうに皆頷く。ヒバの夕刻、路上に敷物を敷いて茶を飲む老人もそうであった。角を曲がれば、やはり敷物に寝そべる男性がいて、その前にはやかんと茶碗が二つ。異国の観光客が傍らを過ぎていくのに動ずることなく、そのままの姿勢で、目だけで頷いてくれる。

市場ではつり銭詐欺やぼったくりはあるようだけれど、偽ガイドや客引きや強引な土産物売りはいない。物乞いもほとんど見かけなかった。どの街も通りにはゴミひとつなく、昼間はあっけらかんと明るくて、夜は神学校の前の公園がオープンカフェになっていて、傍らの掘割りを、涼と風が吹き抜けていく。

田園地帯には綿の畑が続き、 ヒマワリの畑が時折現れ、畑と畑の境にはポプラが並んでいた。沿道には、緑のスイカと大きな黄色のメロンがゴロリと転がされているだけの「店」が、強い日差しを浴びていた。遠く地平線がづつく荒野には緑の灌木や草が生え、それを食べる羊や牛の群れがいて、ときに土壁の集落を過ぎた。

荒野に真っ白な砂が覆っているのを聞けば、塩なのだという。南の砂漠に草の緑は消え、その向こうに、深いひだを刻む山並みが見えたりもした。ゆるやかな砂丘を、 ロバに乗って渡っていく子供がいて、集落にも子供たちがいた。過ぎていくバスに向けて、そんな子供たちが、もしそこに大人がいれば大人たちも、大きく手を振る。

平和とは、このような風景をいう。荒んだものが無く、おおらかで、旅人に優しい。

ウズベキスタンはシルクロードの要衝であった。こういう地勢にあるところは、二つの宿命を負う。戦略的な重要さゆえに争いの場となることと、もう一つは、通商の要路であるための平和と繁栄である。モノや人の移動は経済を潤す。平和でなければ人は移動できない。

アレクサンダー大王は遠征の果て、サマルカンドを見てその美しさに驚嘆したと伝えられている。残念ながら当時の街並みはすっかり破壊されてしまい、残ってはいない。王が妃に選んだのが、当時ソグディアナと呼ばれていたこの地の一族の娘、ロクサネであった。

文化や習慣が異なるというだけではない。言葉すら通じない女性を妻にしたわけだ。そこには侵略という戦いの欲望だけではない、どこまでも移動し、交わっていく人間のDNAがあって、それがあるから今の私たちがいるのだともいえる。旅にかきたてられるのも、それゆえだ。そうやって人間が移動し、交わることで完成するのが平和なのだ、とかみしめている。

 

 

2016.07.07 追記 イスタンブールとダッカの「テロ」について

今年のラマダンでは、ISがジハードを呼びかけていた。それに呼応するように、アメリカから中東・アジアと「テロ」が連続して起きた。非常に残念なことに、バングラデシュでは日本人も犠牲となってしまった。この件については、以下の記事に追記した。
「テロ」より怖い「テロが怖い」

この期間に起きた「テロ」の中で、ウズベキスタンの名前が出てきたのが、トルコ・イスタンブールのアタチュルク空港の事件だ。犯人三名の中の一人がウズベキスタン出身と報道されたのだ。瞬間的に思ったのは、中央アジアということでチェチェン人の関与である。

注目していたのだが、バングラデシュの事件ですっかりトルコの報道が減ってしまい、続報はほとんどない。今のところのメディア情報は以下のようなものだ。
トルコ空港テロから1週間「イスラム国」深く浸透(日本経済新聞 2016.7.6)

 地元メディアによると、実行犯3人はそれぞれロシア、キルギス、ウズベキスタンの国籍を保持。3人のうち2人がロシア国籍との情報もある。

 (三人が住んでいた)部屋を手配した人物として浮上しているのが、ロシア南部チェチェン共和国出身のアフメド・チャタエフ容疑者だ。戦闘経験が豊富でISでは旧ソ連圏出身戦闘員の勧誘や訓練などを担当しているとされる。

 今回のテロだけでなく1月と3月にイスタンブールで起きた外国人旅行者を狙ったテロ事件の首謀者と目されている。

チェチェン共和国はロシアの自治州で、二度にわたる独立戦争を戦ったものの独立叶わず、ロシアに制圧されている。そのゲリラ戦士たちが難民化し、部隊ごとISに参加していると聞いていた。中央アジアのイスラムの人々の間に、対ロシア武力闘争を(ロシアが支持する)対シリアアサド闘争とリンケージさせている集団がいることは確かだ。

それがなぜトルコでの「テロ」となるのか。トルコも「有志連合」の一員ではある。が、ISに拘束された人質50名近くの解放に成功したように、ISとの間にはパイプもあり、ある時期までは微妙な均衡関係があったように思う。これがシリア・イラクにおける対ISでのクルド勢力の台頭と、それを押さえたいトルコの思惑で変わってきた。

6月27日、トルコのエルドアン大統領はロシアのプーチン大統領に、昨年の11月の航空機爆撃について謝罪した。イスタンブールの「テロ」が起きたのはその翌日である。

ISの外国人戦闘員にウズベキスタンのジハーディストがいるのは確かである。ロシアやモロッコほど多くはないが、それでも2014年の調査ではリスト12番目に500人とある。
世界・イスラム国の外国人戦闘員出身国ランキング – 世界ランキング

こちらは2015年12月9日のBBCの記事。
シリアの外国人戦闘員、16カ月で倍増と

ISがシリア・イラクで追い詰められ、彼らの「ジハード」が武装建国から、それを阻む世界への「テロ」に転換してきた。外国人戦闘員がISのどんな「戦略」や「指令」を帯びて自国に帰るのかは、注視していかなければと思う。

ただし、先日のバングラデシュのジハーディストには、一人マレーシア留学者がいるだけで、シリア渡航者などはいなかった。上記IS外国人戦闘員のリストにもバングラデシュの国名は無い。

ISの「テロ」にはいくつか共通点がある。ターゲットは、彼らが「十字軍」と呼ぶ有志連合である国々とその国の人々、イスラム的に堕落しているとされる場所や人々、そして非イスラム教徒。ゆえにレストランやナイトクラブや空港や列車や高級ホテルが狙われる。シンボルとしての解りやすさと、宣伝効果の大きさも重要視されている。もう一つは、彼らの属する国が、ジハードに至る内面形成を導くような社会的問題を抱えていること。

ウズベキスタンにはターゲットとなるような外国人観光客はあまり来ない(モロッコやトルコなどに比べて)。彼らのイスラムはとても寛容である。お酒もよく飲む。歌舞音曲も大好きである。もちろん、世俗化に敵意を燃やすイスラム主義者もいるだろう。けれども重要なのは、彼らにISと共振する「テロ」を起こすほどの国内問題があるのか、ということだと思う。

が、その国内問題ということでは、正直言って事情はよく分からない。非常に親日的だけれど、それが「安全保障」としてこの先もずっと有効であるとの保証もない。

この機に外務省HPの渡航安全情報を覗いてみた。相変わらず全土が危険度1「十分注意」で、危険度2「不要不急の渡航中止」がアフガニスタンの国境付近、危険度3「渡航中止勧告」がタジキスタンとキルギスとの国境付近と、以前と(2015年3月17日以来)変わりはなかった。

とはいえ、「十分注意」するに越したことはない。必要なのはこれら危険情報に加えて、なるべくウズベキスタン国内事情についての情報を集めることと、あとは中東イスラム全体に目配りをしておくことだろうか。

参考記事:
一人旅のモロッコで安全対策としてやったこととやらなかったことを考察してみた。
モロッコ、旅の安全と情報収集について(’16.7.6追記 バングラデシュで日本人犠牲)

新大統領の選出とビザなし渡航  2016.12.27

9月、25年間に渡ってウズベキスタンの大統領職にあったカリモフ氏が亡くなった。日本では親日的と好意的に報道されていたようだけれど、旧ソ連からの独立後ずっと一人の大統領できたわけで、欧米ではかなり手厳しい肩書が冠せられていた。(AFPBB 2016.9.4)
「最も残酷な独裁者の一人」カリモフ大統領、埋葬される ウズベク

独立後初めての政権交代で、かつこれまでが強権であるだけに、一層権力移譲時の不安定が懸念されていた。権力の空白があれば、確かに佐藤優が指摘する最悪のシナリオも可能性ゼロではない。
ウズベキスタンの大統領が亡くなった 「第二イスラム国」の恐れが…
【佐藤優の世界裏舞台】産経ニュース 2016.9.14

本日12月27日、ようやく新大統領選出の報道があった。
シャフカト・ミルジヨエフさん ウズベキスタン大統領に就任(朝日新聞 2016.12.27)

与党幹部は「有言実行の人」と評価する。大学副学長などを経て政治家に。13年間、首相としてカリモフ氏を支えたが、黒衣に徹し、露出は避けてきた。

 だが、カリモフ氏の死後、大統領代行に就任すると、電話やメールで政府への不満を受け付けた。対応の早さが評判となり、殺到した要望は3万件以上にのぼる。身分を隠して病院を訪れ、賄賂を要求した職員を処分する行動力も示し、国民の心をつかんだ。

 同時に、キルギスやタジキスタンなど隣国との関係改善や、日本人らの観光ビザ免除を打ち出し、大統領選では国際監視団の活動範囲を広げた。開放的な姿勢に期待する声も出ている。

こちらはその観光ビザ免除の記事。
ウズベキスタン、2017年4月より、日本人旅行者のウズベキスタン観光査証(ビザ)、不要に(TravelVision2016.12.7)

⇒2017年2月、取り消しとなる。

日本を含む15国が30日以内の観光目的であればビザ免除となる他、55歳以上という条件付きで免除となる国も12か国あるという。観光資源も美味しい料理も人々の温かい「もてなし心」も十分ある。これ以外に観光に必須な平和と安定に関しても自信がある、ということであろうか。確かに、観光は「開放姿勢」そのものであり、その姿勢と成果がまた国の安定を築くのでもある。

イスタンブール ナイトクラブの「テロ」 2017.1.18

1日にイスタンブールで起きた「テロ」の犯人が拘束されたとの報。昨年夏のイスタンブール空港襲撃に次ぎ、また中央アジア出身者である。

アフガンで訓練後、入国か トルコ乱射、ウズベク人を拘束 ISと関係捜査(朝日新聞 2017.1.18)

キルギス南部は、ウズベキスタンとタジキスタンにまたがるフェルガナ盆地に位置する。旧ソ連諸国のイスラム復興運動の中心地で、熱心なイスラム教徒が多い地域だ。多様な民族が住み、国境を越えた移動もしやすい。近隣国と比べて政府の監視も厳しくなく、治安関係者は「ISの思想に傾倒した多くの集団が潜んでいる」とみる。

ロシア経済の低迷が影響し、中央アジア諸国の景気は苦境が続く。生活苦からISにだまされる人が多いという。

a_170118_w

朝日の記事だけでは、なぜトルコ襲撃が中央アジア人なのかがよくわからない。当初はウイグル系との報もあったが、その時点で書かれた六辻氏の記事が参考になった。

イスタンブール銃撃テロで顕在化したウイグル系イスラーム過激派のインパクト:ISが結ぶトルコと中国六辻彰二 Yahoo!News 2017.1.12)

特に冷戦終結後、トルコは民族的な結びつきを拠り所に、新疆ウイグル自治区だけでなく、ウズベキスタンやキルギスなどへも、「世俗主義とイスラームが融合したトルコ的国家システム」の輸出を試みるなど、アプローチを強めてきました。その結果、これらの国との往来は盛んで、中国を逃れたウイグル独立派も、ウズベキスタンやキルギスで偽造パスポートを入手してトルコに入国しているとみられます。これはトルコにとって、民族運動への協力を通じて自らの影響力を増す手段だったといえます

しかし、当初は民族主義的な運動だったウイグル独立派の一部には、イスラーム過激派の影響が浸透してきています。イスラーム過激派のイデオロギーに傾倒したウイグル人にとって、民族的に近く、多少の義理があったとしても、トルコは「正しいイスラーム」からの逸脱に他ならず、とりわけエルドアン政権がIS包囲網において中心的な役割を担うようになったとなれば、なおさらです。つまり、少なくとも結果的に、トルコは自ら「敵」を招き寄せていたことになるのです。これに鑑みれば、今回の事件に象徴されるように、ウイグル系イスラーム過激派の活動が活発になることは、トルコにウイグル支援のあり方を再考させる要因になるとみられます。

追記 2017.3.3

PCトラブルで追記が遅くなったが、今年4月から予定されていたビザ免除措置が中止となっている。残念。
ウズベキスタン、2017年4月開始予定の観光査証(ビザ)免除措置、中止に

追記 2017.5.23

イスラム圏に出かける旅行者だけでなく、ラマダン月は要注意!
ISのテロが5月27日からのラマダーン月に起きるかもしれない(Newsweek 2017.5.23)

追記 ~2017.7.7
  • トップへ戻る
  • カテゴリアーカイブ
  • HOME

2 Comments

  1. こんなに平和で美しい国だったなんて、知らなかったです。

    • しーたちゃん、

      来てくれてありがとう。コメントもありがとう。

      >こんなに平和で美しい国だったなんて、知らなかったです。

      私も知らなかったよ。
      ツアーはいっぱい出てるし、イスラム建築は有名だし、
      きっと面白いだろうとは思っていたけれど、
      予想以上にのんびりとしたきれいなところで、
      でも、一番予想以上だったのはウズベキスタンの人たち。
      子供も大人も全然物怖じしなくて、にこやかで、
      とてもフレンドリーだったこと。
      歓迎されている、ということがまっすぐ伝わってくるのが嬉しかったです。

メールアドレスが公開されることはありません。* は必須項目です。


*


*