共和党大統領候補ブッシュが、シリアへの地上軍派兵を言い出した。
・ブッシュ元知事、IS打倒へ地上部隊派遣を主張:朝日新聞デジタル(2015.11.19)
ブッシュ氏は(18日、サウスカロライナ州のシタデル陸軍士官学校での)講演でパリ同時多発テロに言及し、「米国は圧倒的な軍事力で、IS打倒のために世界の有志国を牽引(けんいん)するのに後れをとるべきではない」と主張。具体的な規模には触れなかったが、「地上でのプレゼンス(存在感)を示す必要がある」と述べ、自らが政権を握った場合には、地上部隊派遣を検討する考えを強調した。
ブッシュ氏は「我々の世代は戦争の代償も知っているが、共存できない敵を黙認することへの代償も分かった」と述べ、イラク戦争などによる厭戦(えんせん)機運に理解を示しつつも、オバマ政権が弱腰だとして批判。「軍事力行使を用意する必要がある」と、米国の軍事的な関与の強化を唱える一方、削減傾向にある米軍の規模を拡大するよう主張した。
選挙戦劣性の挽回のために言い出したにしても、兄ブッシュが主導した「対テロ戦争」の、とくに「大量破壊兵器」をでっちあげてまで敢行したイラク戦争がIS 誕生の遠因とされることについて、いったいどう考えているのか、と思う。が、これまでも一部に地上部隊派遣の声はあった。
ブッシュ演説の視点が決定的にずれていると感じるのは、「厭戦機運」という捉え方にある。戦争による副次的な国内問題、すなわちアフガンやイラクの帰還兵の問題や経済的な問題での「厭戦機運」だけで、アメリカの中東紛争への武力介入反対が言われているわけではない。武力による「対テロ戦争」が地域の安定に少しも寄与せず、どころかより紛争を激化させ、あげく「テロ」撲滅ではなく「テロ」拡散を招いているという視点が、完全に欠落している。
そもそもシリアへの空爆は、アサド政権の民主化弾圧と国民虐殺に対する人道的介入として検討されていたはずだ。アメリカのイラクへの空爆開始は、ヤジディー教徒虐殺に対する、こちらも人道的介入から踏み切ったものだ。それがいつの間にか、「共存できない敵」を黙認しない、という戦争論にすり替わっている。「ブッシュの戦争」の過ちを繰り返そうというのか。
米下院はまた、事実上の難民受け入れ停止法案を可決した。
・米下院:シリア難民停止法案可決 大統領は拒否権行使へ(毎日新聞 2015.11.20)
オバマ政権はシリア難民 を今年10月からの1年間で1万人受け入れる計画を進めているが、パリ同時多発テロなどを受けて反対 論、慎重論が広がっている。法案は、シリアとイラクからの難民について、米連邦捜査局(FBI)による厳しい身元調査を実施。そのうえで、国土安全保障長 官、FBI長官、国家情報長官が米国の安全に対して脅威にならないことを証明できない限り難民受け入れを認めないとする内容だ。
これに対し、既に厳格な審査を実施しているとするホワイトハウスは、法案の要件について「受け入れがたく、米国民のさらなる安全確保にも役立たない」とし、難民受け入れの重大な障害になると批判。法案が上下両院で可決されても大統領は拒否権を行使すると警告している。
下院の採決結果は、賛成289、反対137。オバマ政権はぎりぎりまで与党・民主党の議員に反対するよう働きかけたが、民主党から47人が賛成に回り、大統領が拒否権を行使しても覆すことができる3分の2に達した。ただ、上院では共和、民主両党の議席差は小さいため、法案が成立するかどうかは不透明だ。
今最もセンシティブで緊急なのは、少なくとも当初のシリア・イラクへの武力介入には存在した戦争の大義に立ち返ることなく、報復と「共存できない敵」を殲滅するための戦争を拡大してはいけない、ということが一つ。そしてもう一つが、難民問題に対する姿勢の再確認である。これはもう川上さんや酒井さんを始め、多くの人たちがパリの「テロ」直後から指摘していることだけれど、残念ながら世界の動きは、この方向に進んでいない。
流れてきていた NYT Graphics のTwitter をたどってみた。
None of the Paris attackers identified so far have been Syrian refugees. https://t.co/AII3p9zNhZ pic.twitter.com/Z2TbQ0ok7F
— NYT Graphics (@nytgraphics) 2015, 11月 17
これまでに判明しているパリの襲撃犯の中にシリア難民はいない(*11/23追記参照)に、として、犯人グループの組織図などを詳しく掲載した記事を挙げている。
この短いツィートを見て最初に気付いたのは、テロリストではなく、アタッカーズ、としている点だ(日本の新聞TVはこれも「テロリスト」と訳すのだろうか、とふと思う)。また、記事タイトルは「The Expanding Web of Connections Among the Paris Attackers」(拡大するパリ襲撃犯ネットワーク)なのに、その記事タイトルではなく、「シリア難民はいない」とのツィートすることにメッセージ性も感じる。
記事では、襲撃犯(私もNYTに倣って)の一人が身に着けていたシリア人パスポートは盗まれたものである、とするフランス当局の見解を付記している。難民に「テロリスト」がまぎれている可能性は、シリア難民がバルカンルートで押し寄せてくるようになる以前、今年春までの北アフリカ-地中海ルートの難民増加で早くも指摘されていた(可能性はないではないが)。
一方でISは、欧米に向かうシリア難民を裏切り者であり背教者であると断罪し、難民化を非難している。ISにとって背教者は殺戮すべき敵と同義なのだ。また、襲撃犯が身元判明の助けとなるパスポートを身に着けて襲撃に及ぶこと自体あり得ないわけで、このことの意図を読み取るならば、「テロリスト」排除のための難民拒否は、ISの作戦にハマった、彼らの意に叶う行為、ということになる。
もう一つ、欧米各国には長期的に看過できない問題が横たわっている。国内のイスラム系移民層に対する差別と貧困対策である。特に欧州各国の移民同化政策や多文化主義の問題点が改善されない上に、受け入れた難民たちへの誤った処遇が上書きされていくだけであるならば、国内問題としての「テロ」要因は増大する。短絡的に目の前のリスク要因をなくせばよいという動きは、長期的にはリスクの拡大と拡散を招く、ということだ。
とにかく、目前の課題としては、難民は「テロリスト」の被害者である点で襲撃される側の私たちと並ぶ人々であることを、強く認識すること。Expanding Web of Connections (=ネットワークや連帯の拡大)は、襲撃者たちではなく、難民と受け入れ側にこそ大至急で確率されるべきものだと思う。
追記 11/21
元ISの人質だったフランス人ジャーナリストの解説の紹介記事。ジャーナリストの見解は、彼が直接接して得たものだ。
・元人質が語る「ISが空爆より怖がるもの」(ブレイディみかこ) – 個人 – Yahoo!ニュース(2015.11.19)
彼の説が正しければ、それでなくとも難民問題で排外主義が高まって殺伐としている欧州は、まさにISが求める「ムスリム VSその他」の様相を呈しており、「だんだん本当のことになってきた」と彼らを興奮させているだろう。これに「正義の反撃」を謳う西側の空爆が怒涛化すれ ば、彼らにとっては歓喜の状況だ。彼らのドリームが現実に、妄想がリアルになる。
フランスどころか、世界が彼らのしかけた蜘蛛の巣にかかっているようだ。
エジプト紙 Al-Ahram は、「いま私たちが直面している「フランス版9.11」は、過去25年以上にわたって積み重ねられてきたフランスの政策とは無関係だというメッセージ」が覆い隠してしまう、様々な問題点を挙げている
・フランスにおけるイスラームの現状、融合と分裂 SYNODOS/Al-Ahram紙(2015年11月19日付)/ 翻訳:八木久美子
その1 フランス世俗主義の徹底がもたらした緊張と衝突
私たちが思い出すのは、1989年の「ベール事件」だ。それはイスラームとフランス社会の衝突の最初の火花だった。パリ郊外にある学校の責任者が、 1989年度の最初にベールを着けた三人の女子学生に登校を禁じたのである。この禁止の理由は、フランス共和国の教育制度における宗教的中立の原則(世俗主義)にベールが反しているということであった。
この火花は、アイデンティティの表明と他者を受け入れるという問題の枠組みのなかで、イスラームとフランス社会の衝突の象徴となったが、これこそが、その後25年間続くイスラームとフランス社会の緊張関係と衝突の基にあるのである。
その2 中東の政治的動向と、それに対する欧州の中東政策がネガティブなイスラムイメージを呼び覚ましたこと。
さらに加えるべきなのは、地域的な要因、とくに中東における紛争が果たしている負の役割だ。最も重要なのは、1979年以降のイランの政策、1990年のイラクのクウェート侵攻、90年代のアルジェリア危機、そして最後にやってくるシリア危機、そしてそれに対するフランスおよびヨーロッパの政策が招いた余波である。こうしたことがフランス社会にアラブ人とイスラームに関するネガティブな心象を植え付けることに貢献した。
その3 イスラムの制度的受入れの失敗
公式のイスラーム(政府系の「イスラム評議会」)と非公式のイスラーム(民間イスラーム諸組織)との衝突は、フランス、そしてヨーロッパをある失敗に陥れた。フランスのイスラムは多様な思想的方向性を持つが、そ の有効な組織的基盤として、文化的、社会的な団体および様々なモスク(といったイスラームの構成要素)を包摂することに失敗したのである。
その4 フランス内イスラムコミュニティーの連帯の不在
さらには、エスニシティの違いを超えてフランスのイスラーム教徒が真に連帯することの無さもある。たとえば、アラブ人とトルコ人が集まるモスクなどない。 そのうえ、アラブ系のイスラム教徒の移民の間にも異なるイデオロギー的な志向があり、保守派とファンダメンタリストで分断されているのだ。その結果、イスラム諸団体はいつも、コミュニティのイデオロギー的な傾向に応じて、激しい競合関係に置かれることになる。多くの場合、これらの団体はチュニジア、アル ジェリアといった出身国、あるいはアラブ、ベルベルなど人種・民族単位で移民たちに照準を合わせる。その結果、それらのどれもが、移民の問題に包括的な形で対応することができず、とりわけフランスの郊外で最も周辺化されている集団を思想、イデオロギーの側面からコントロールすることができなくなっているのである。
これらの解決に向けて、フランスや欧州の課題を二点挙げている。一つは国内問題として、「できる限りイスラームのゲットーをフランスやヨーロッパの社会組織に融合すること」。
そして国際的には、アラブ・イスラム世界と欧米社会との融和を図る政策の必要性。
ヨーロッパのイスラム教徒が求めるようになった「中間の解決策」が「ヨーロッパの市民権」を得ること、というのがわかりにくいけれど、イスラムを否定することなき十全な市民権、というような意味であろうか。
難民に関してのドイツの動きが注目されるが、こんな記述を見つけた。アメリカ下院の動きとは違う、抑制された見解が共有されているということか。
・テロリストの目的は達成された ~EUに広がる「恐怖」と「不安」と「絶望」 【現地レポート】もうどこにも逃げ場がない…… | 川口マーン惠美「シュトゥットガルト通信」 | 現代ビジネ
ドイツでは、ここ数ヵ月、難民政策が非常に混乱している。
難民は、今年だけで100万人以上がやってくると予想されており、シリア難民を無制限に入れようとするメルケル首相と、制限を設けて秩序立った受け入れに変えていかなければ大変なことになるという人たちが、与党内で激しく対立している。
もちろん、難民の中にイスラム過激派が混じり込む危険は、前々から指摘されていた。
しかし、パリのテロの後、彼らはこれを争点にすることを一時中止している。難民はテロから逃れて来た人たちであり、テロリストではないという解釈を、超党で前面に出しているのだ。
「テロリストはすでにEUの国籍を持っており、EUのパスポートで、シリアでもどこでも自由に出たり入ったりしている。いまさら難民を装う必要はない」という見解は、おそらく真実だ。フランスでマークされているイスラム過激派は3000人、ドイツでは2000人と言われている。
こちらはパリの一人のムスリムが融和のメッセージを発し、融和を引き出した動画。
・「私はイスラム教徒。ハグしてくれますか?」パリの広場に立った男性、人々は……(動画)
追記 11/23
その後、偽造パスポート所持者の他、もう一人が難民としてギリシャを通過していたことが判明、とのニュースが流れている。
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