オバマ大統領は9/10日の演説で、対「イスラム国(IS)」空爆を(シリアにも)拡大すると宣言し、これまでイラク北部に集中していた空爆を、15日には首都バグダード近郊でも行った。
(WSJ 9/11) 空爆拡大、イスラム国の壊滅目指す=オバマ大統領
(中東かわら版 9/12) 「米国:「イスラーム国」打倒に向けた包括的な戦略の発表・湾岸諸国との連携の強化」
同15日にはイラク支援の国際会議がパリで行われ、米主導の10ヶ国有志連合とは別に、「(日本を含む)25カ国とイラクの代表は『適切な軍事的援助を含め、必要とあればいかなる手段を講じてでもこの戦いにおいてイラク新政府を支援することを約束する』との共同声明に署名した」。
(ブルームバーグ 9/15) 対「イスラム国」連合、イラクへの軍事的支援も辞さず
パリ会議に先立つ11日、サウジアラビアのジェッダでは、アラブ10ヵ国がイスラム国の戦闘員や資金の根絶をうたった共同声明を発表したが、トルコは声明に署名しなかった。
(AFP 9/12) アラブ10か国、米の「対イスラム国」の動きを支持
最終声明は、「いわゆる『イラク・レバントのイスラム国(Islamic State of Iraq and the Levant、ISIL)』を含むあらゆるテロリズムの脅威に対し、結束して立ち上がる決意の共有」を宣言した。ケリー国務長官は、この連携ではパートナーのアラブ諸国が「指導的役割」を果たすと報道陣に語った。
米国への支持を表明したのはサウジアラビア、バーレーン、クウェート、オマーン、カタール、アラブ首長国連邦、エジプト、イラク、ヨルダン、レバノンの10か国。トルコは、イスラム国が6月にイラクのモスル(Mosul)のトルコ領事館から拉致した外交官や子どもなど49人の自国民49人を人質に取られているという事情があり、今回の連携には加わらないと、サウジアラビアのジッダ(Jeddah)にいる米当局者が明らかにした。
昨年、オバマ大統領は対シリアアサド政権への空爆を見送った。あの時は化学兵器破棄合意という進展があった。けれどもその後、地域安定化の道筋を少しも見いだせないまま、「イスラム国」の伸長という更なる困難な状況に至ってしまった。
あの時シリアを空爆していたら、というオバマ批判がある。でも、もしあの時…という検証を行うとしたら、しなかったことではなく、したことの帰結、すなわちイラク戦争を振り返るべきではないのか。
冷泉彰彦氏は、オバマの「テロリスト集団を撲滅する、そのためには手段も場所も選ばない」との宣言を、「2002年の『9・11の一周年』にイラクへの戦意を表明したブッシュ大統領にソックリだ」という。
(Newsweek コラム 9/11) 「9・11」から13周年、その前夜にシリア空爆を発表したオバマ
オバマは、アフガニスタンとイラクで「対テロ戦争」を強行したブッシュ政権に反対して大統領となった。オバマ政権は、アメリカがイラクで行ったことの是非とその帰結を十分承知していたはずだ。
そのオバマが、ブッシュのまいた種を刈り取るために、ブッシュと「ソックリ」な宣言を行わざるを得ない。オバマは、地上戦には参加しないと、ブッシュのイラク戦争との「違い」を強調するけれど、自国(民)を攻撃する「テロ組織(国家)」は武力で制圧するという点も、そこに「人道的」な介入という名目が乗っている点でも、また、国際社会に同盟を求め、その同盟を国連に優先させる点も「ソックリ」である。
バイデン副大統領は9/3日、米国人ジャーナリストの処刑に関して、「彼ら(IS)に裁きを受けさせるまで、地獄の門まで追い詰めることを思い知らせなければならない」とぶち上げた。これもまた、9.11テロに対する感情論に訴えてイラク戦争への賛同支持を募ったブッシュの口調を、思い出させる。
この発言を聞いて、じゃあ同じように、目の前で家族を惨殺されたガザの人々が、イスラエル(やイスラエル支持のアメリカ)に対して復讐を誓う気持ちも理解できるはずよね、と思ったのだが、今後の空爆の拡大で、イラクやシリアに同様の怨念が埋め込まれることは、十分すぎるほど予想される。
どこかの記事に、「パンドラの箱」をあけたら最後にISが飛び出してきた、というようなことが書かれていた。「パンドラの箱」という比喩が適切かどうかはさておき、この地域に武力介入したことが、民主化どころか分裂と紛争を招き、暴力の連鎖を引き起こし、介入国への怨念をも増幅させ、最後(かどうかはわからないけれど)に、現行の国民国家による世界秩序を否定するような「国」とそのイデオロギーを浮上させてしまったことは確かだ。
イラク戦争との違いがあるとすれば、イラクは米欧や周辺国と同じ領域国民国家であったのに対して、ISが、イスラム史的正統性を持つカリフ制による、国民国家を超えた共同体を志向している点だろう。この共同体は、イスラム世界に共通のイスラム法の下に構想されるものだ。これはまた、第一次世界大戦で英仏が引いた国境線を否定し、百年間支配的であった米欧を中心とする世界秩序にも異を唱えるものである。
9/14日、フジテレビの報道番組での木村太郎氏の発言が印象的だった。「イスラム国は今後どうなるのか」との質問に、ジャーナリストの常岡浩介氏は、「弱体化したシリア・イラクという国家権力の空白に乗じて支配地域を広げてきたのがISなので、(国として安定している)周辺国にまで支配が拡大されることはないだろう」と答えた。一方木村氏は、「僕は拡大していくと思うね」と述べたのだ。なぜなら「(彼らの言行の)純粋さはさらに多くの人を引き付ける可能性があり」、ゆえに「サウジアラビア程度には勢力を伸ばすんじゃないか」、というのである。
キャスター宮根氏の言説は一貫して、マスコミが流布する「ISは残虐で宗教独裁的なテロ集団」であったのだが、木村氏は、ISの処刑などの行為も「イスラムの法に則って行われているに過ぎない」という。これは非常に重要な視点ながら、周辺のイスラム国であっても決して口にしないものだ。彼らは、それぞれの国内問題に対する不満や反発がこの「純粋さ」に流れることを恐れているので、米欧と口調を揃えて「純粋」ではなく、「過激なテロ」と呼ぶのである。
ブッシュに批判的であったオバマ政権でも、他の同調同盟国においても、この視点が顧みられることはない。冷泉さんは上記コラムで、国内問題(タカ派の批判)からオバマには他の選択肢はなかった、と書いている。アメリカは異なったイデオロギーに不寛容な国である。まして自らが宗主とも自認する国際秩序を否定し、かつ理解不能な宗教法を掲げる「国」を、容認することは出来ない。
が、アメリカをはじめとする非イスラム世界が、木村太郎氏の視点を持ち得ない限り、対立を埋めていく道はないだろうとも思う。
アラブ10か国の同盟に関して、ケリー長官は「この連携ではパートナーのアラブ諸国が『指導的役割』を果たす」と述べている。アメリカには、ブッシュの戦争で広がった厭戦気分がある。イラク戦争と同様、この戦争がアメリカに利益をもたらさないことを、彼らは知っているのだ。にもかかわらず、懲罰と報復と、「純粋さ=テロ」に対する恐怖で空爆を支持し、周辺アラブ国にISの弱体化と壊滅ための地上戦を託す。
だが、トルコはアラブ諸国同盟への署名拒否だけでなく、米軍による空爆に自国の軍事基地の使用も拒否した。公には人質49名の安全のためとされているが(追記:9/20日に全員が解放された)、長い国境線での防衛問題もあり、クルドやアサド政権の利となる軍事支援や武力介入を忌避し、更には自国内での「純粋さ」の発露も警戒しているに違いない。
加えてもう一点、トルコは100年前までカリフがいた国であり、オスマン帝国の記憶がまだ深く残っている国だ。エルドアン大統領は敬虔なスンニ派で、イスラム色の強化をねらってもいる。同国にはイスラム法によるイスラム帝国再興という理念が、地下水脈のように存在していることは想像できる。
(中東の窓 9/14) 米・トルコ関係(WSJの論説)
(中東の窓 9/16) ISとトルコ
またサウジアラビアなどスンニ派の国は、シーア派に連なるアサド政権に敵対する武装組織に、武器・資金援助を行ってもいた。それらがISに渡るのを黙認してきたのは、アサド政権と背後のイランをISで牽制したいという思惑があったからだ。周辺国にはこのような政治的利害においても、「純粋さ」に惹かれる人びとと歩調を一にする側面が(今も)ある。
ロイターは、アメリカ国民の厭戦気分とIS憎悪の二つの相反する感情と、からまりあった中東の政治状況の「気が遠くなる」ほどの複雑さを指摘し、果たしてオバマには明解な出口戦略があるのか、と問いかけている。
(ロイター 9/11) 出口戦略なき米国の「イスラム国」掃討作戦
上記記事でも、アサド政権とイランとの関係の重要性が指摘されているが、シリアは米欧の空爆を「同意がなければ侵略行為とみなされると警告」し、パリ会議に参加・署名したロシアも同様の発言をしている。またイランは、パリ会議に出席していない。IS壊滅に最も重要である国と米欧との関係が、最も困難なものとしてそこに横たわっている。(追記:22日の米主導よるシリア空爆は、事前に通知されたとしてアサドは容認。イランは「国連安保理決議のない空爆は国際法違反と非難)
(ロイター 9/12) 同意なき介入は侵略行為、シリア国務相警告
イスラム国包囲網 有志連合協力にズレ 地域会議、トルコが署名見送り(MSN産経ニュース 9/12)
米、イスラム国空爆で「シリア、イランと調整しない」(MSN産経ニュース 9/12)
ちなみに、パリ声明に署名したのは、以下の25か国である:
バーレーン、ベルギー、カナダ、中国、チェコ共和国、デンマーク、エジプト、フランス、ドイツ、イラク、イタリア、日本、ヨルダン、クウェート、レバノン、オランダ、ノルウェー、オマーン、カタール、ロシア、サウジアラビア、スペイン、トルコ、アラブ首長国連邦、イギリス。
ローマ法王が、第一次世界大戦開戦から100年目の9/13日の演説で、「(世界はすでに)第三次世界大戦下にある」と発言し、話題になった。シリア・イラク、ウクライナ・ロシア等で続く戦争がもはや内戦ではなく、限られた地域社会だけのものでもないという現実を踏まえてのものだろう。
だが、一方で法王はISによるキリスト教迫害に対して、国際社会の武力介入を支持する趣旨の発言もしている。これまでの宗教対話路線を否定するかのようなこの異例な発言自体が、すでに「第三次世界大戦下にある」ことを語っているようにも思える。
最後に、大きな疑問がひとつ。日本は有志連合の声明に署名した。そのことがあまり大きく取り上げられないことの不思議さ、である。集団的自衛権行使容認の直後なのに、である。今回、イラク戦争よりさらに深い関与を求められる可能性があるにもかかわらず、である。イラク侵攻には、反対や疑問の声もかなりあった。自衛隊派遣も議論になった。それが今回はまったくない。
高遠さんたちが人質となったのは、自衛隊派遣に抗してであった。今回もし自衛隊が出動すれば、それは派遣ではなく、間違いなく派兵ととられるだろう。今現在拘束されている湯川さんもいる。ISに日本人義勇兵はいないかもしれないけれど、今後湯川さんのような形で紛争地に惹かれる人が出てくる可能性も否定できない。私たちが米欧が恐れる「テロ」と無縁なわけではない。にもかかわらず、である。
あの時の、「悪の枢軸国」や、「大量破壊兵器保有国」というプロパガンダに比べて、「残虐宗教テロ集団」というプロパガンダが、それほど強力だということだろうか。それとも、「アメリカの戦争」に対するまっとうな検証能力が、今の日本にはすっかり失われているということか。ちなみにアメリカ国内であっても、法的根拠や戦略をめぐって疑念の声はあるのである。
(新聞赤旗 9/15) 「イスラム国」掃討「有志連合」拡大に疑問 米内外“合法か”の声
参考
(中東の窓 9/17) イラク情勢(16日)
(中東の窓 9/17) ・シリア情勢(16日)
典型的エジプト人同士のケンカ (どこまでもエジプト 9/17)
有志連合25か国には中国も入っている。
中国、有志連合に意欲 米主導の「イスラム国」包囲網、着々(東京新聞 9/11)
少し前のものだけれど、イスラム国についての理解が深まる記事。
イラクの「カリフ国」は時代錯誤か、現代の鬼っ子か(朝日中東ジャーナル 小杉泰 8/12)
国際社会とイスラム国(その1) 国際社会とイスラム国(その2)<イスラム国の今後>(水口章 8/22)
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