Egypt 2013 ④ to the Sahara-2

◆華麗なる砂の世界

砂漠の色はひと色ではない。
また、砂漠は砂だけで出来ているわけでもない。
それはバハレイヤオアシスまでの景色でも、充分見ていた。
だが、バウィーティー村の南の砂漠は、一段と華やかで、
かつ変化に富んでいた。

車がゆっくりと舗装路を外れた。
やがて、眼下に薄オレンジ色の平らなくぼ地を見下ろすところに出た。
正面には砂の丘がうねり、一部黒っぽい岩肌が露出している。
砂の上に何本も重なる轍に、私たちも新たな筋を加えていく。
サムハーが歌いだした。
何かの物語りのようであった。
車は砂丘に向かっている。
砂に挑む車を、タブラが勢いのよいリズムで励ます。

が、がくんと車は止まってしまった。

ワッツ? と思わず声が漏れたけれど、
タイヤがスタックしたのは、すぐにわかった。

車を降りると、アムロ君が目の前の丘を指さして、
あれは砂が柔らかいので、きっと上までは登れない、と言った。
登ってみると本当にそのとおりで、
砂が固い裾野はいいけれど、途中から足がずぶっとスタックしてまう。
頂上制覇はあきらめて振り向くと、もう車は砂から抜け出ていた。

一面黒い岩石で覆われた小山が目につくようになると、黒砂漠だ。
黒い石は溶岩で、どういう自然の力によるのか、
ある山は見事なピラミッド型に削り出されているし、別の山は、
溶岩石をベレー帽のように、丸く平らに頭に被っているのだった。

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 ピラミッド型の小山の一つに登る。
瓦礫に踏み跡が細くついていた。
なんとか途中まで登ってみたけれど、それより先はかなり急で、足場も悪く、
頂上制覇はここでも断念。
シティーボーイアムロ君も足を止めてしまうし、
イスラム教の教えを守っているのか、
彼はけっして手を差し伸べてくれないので、まったく頼りにならない。

見下ろすと、私たちのトヨタがずっと下に小さくなっていた。
舗装路が、雄大な風景を右から左に横切っている。
砂漠の奥深く走ってきたと思っていたのに、
本当は道路からそれほどはずれてはいなかったのだ。

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また、クリスタル・マウンテンという岩塊がある。
すき通った水晶が露出し、
人が通れるほど丸く彫りぬかれた、自然の門もある。
観光客には外せない撮影スポットのひとつだ。
その岩の足元は、うっとりとするようなパウダーサンド。

ここに、カイロに住んでいるという、若い白人ファミリーが車を停めていた。
彼らがアムロ君とガソリン事情について話している間、
私は小さな男の子に見とれていた。2-3歳だろうか、
赤と黄色のプラスチックのブルドーザーで、砂遊びをしている。
水晶の岩などには目もくれず、どこまでも広がる砂場を独り占めにして、
至福のときを過ごしているのは確かだった。

しばらく砂地を行くと、真っ白い岩盤の上に出た。
ここも足元にパウダーサンドが広がっている。
砂漠はずっと下まで砂なのではなく、実はすぐ下は岩盤なのだ。
岩盤の上を、砂はするするとすべり、溜まり、盛り上がって丘をつくる。

白砂漠とは、この白い岩盤が風で削られ、
奇妙な岩のオブジェとなって、
柔らかな砂に累々と突き出た(浮き出た)一帯を指す。
まるでゆるく泡立てたメレンゲのように、
真っ白な、丸みを帯びた、おいしそうな塊が並んでいる。
あるいは固くあわ立てたように、つんと角を立てていたりする。
マッシュルームの形、らくだの形、鳥の形をした岩がある。

岩盤は石灰岩、サハラが海の底だったときの記憶。
その白い岩岩が、太陽が傾くにつれて、
濃いオレンジから淡いばら色へと色を変えていく。

トヨタは、砂に車の形の影を滑らせ、風を切って走った。
道なき道を走るのではない。
走るのは、固い砂地に小さな石ころが境界を示すオフロードだ。
マグディは、私には見分けのつかないたくさんの岩や丘をまわり、
少しでも直線になると、アクセルを踏み込む。

ときにはそのオフロードを外れ、砂の上を行く。
砂の波が車を揺するリズムにつられ、
気の向くままにサムハーが歌い、タブラをたたく。

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◆夜の砂漠で

大きな岩がゆったりと点在する砂地に着いた。
キャンプ地だった。

そういえば砂漠のオフロードでは、他の車に一台も会わなかった。
マグディがキャンプ場所に選んだ白砂漠のまんなかにも、
私たち以外誰もいない。

サムハーが砂をすくい、するすると手のひらからこぼして、
風の向きを確かめる。
ベドウィンがキャンプを設営している間、私は岩の間を歩き回った。
ばら色に染まった砂の上に、日没直前の影が、
今まで見たことのないほど長く、長く、伸びた。

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 スープと野菜煮込み、炊いたご飯にバーベキューチキン、
デザートにみかんの夕食が終わり、フェネックにチキンの骨を投げる。
フェネックは猫くらいの大きさの砂漠のキツネで、平気で人の近くまで寄ってくる。

(*食事の様子はこちら 『コシャリ、ハト、モロヘイヤのスープ』

シャイを飲むかと聞かれた。
お茶を飲むと眠れなくなるので、一度はいらないと断った。
が、すぐに、シャイタイムがまったりタイムだったことを思い出した。
やっぱり少し貰うよ、と前言を撤回すると、みな、よしよしと頷いた。
ベドウィン(イスラム)にとって、シャイは客人に対する最大のもてなしであり、
お酒を飲まない彼らの、大きな楽しみでもあるのだ。

焚き火のすぐ脇にマットレスを移動する。
すぐにサムハーがタブラをたたき、歌い始めた。
マグディは歌に合いの手を入れながら、
ほうろうのティーポットに茶葉とミント、水、砂糖を入れて火にかけた。
お茶の様子を見たり、小さなガラスのカップに注ぎ分けたり、
その合間に、手拍子でリズムをとり、ときおり立ち上がって腰を振り、
独特のエジプトのステップで踊ったりしている。

タブラの叩き方を教えてもらった。
きれいな音を出すのも、同じテンポでリズムを刻むのも、難しかった。
踊るほうが、ずっとたやすい。
マグディとアムロ君と、手を繋いで踊った。
アムロ君も踊るときは、手をとるのにためらいがないようだった。
暗いからだろうか。
それとも砂漠のシャイタイムには、歌と踊りが一体化しているからか。
私とマグディは、交互に腕をあげて、相手をくるくると回しあった。
ベドウィンを真似て靴を脱いで(彼らのように裸足にはならなかったけれど)、
足の裏に砂の柔らかさを感じながら、踊リ続けた。

体も気持ちも暖かくなって、シャイタイムは終わった。
風邪気味のアムロ君は、さっさと自分のテントに引きこもってしまった。
マグディとサムハーは後片付けをしている。
私は、焚き火の向こうの岩影に行ってみた。

ひとつ岩を回り込んだだけで、人の気配が消えた。
陽のあるうちに歩いたところなので、
もうひとつ先の岩まで行ってみる気になった。
それが低い小さな岩だったので物足りない気がして、
さらにひとつ先の岩をまわった。

月はなかった。
それなのに、岩たちはほの白く夜に浮んでいる。
星明りはそれほどに明るかった。
そのとき私は、まったく初めての世界に、
まったく初めての感覚のなかに、放り込まれているのに気付いた。

原生林の夜の闇の中を歩いたことがある。
人のいない同じ自然世界が、こうまで違うものか。
夜の森は濃密な生命に溢れていた。
湿った植物の匂いにくるまれ、
何かにずっと見られているような気配が、消えることはなかった。

ところがここには、生命を感じさせるものが何もない。
あるのは、原初の孤絶感のようなものだけ。
岩たちは完全に私を無視していた。
いや、無視するにはその前提として、私の存在を認めなければならない。
彼らは私のことを、岩肌をなぶる風ほどにも、
足元の砂の一粒ほどにも、認めていないのだった。

キャンプに戻ると、もう片付けは終わっていた。
サムハーが手をぐるりとまわし、きれいだろう、と自慢げに言った。
確かに、確かに、確かに。
マグディは寝袋から半身を起こしたまま、笑っている。
彼らは天幕の影の、砂の上で眠る。
”砂漠のキツネ”ベドウィンは、私やアムロ君とは違って、
砂と岩の仲間なのだ。

私も自分のテントの、分厚い毛布の重なりにもぐりこんだ。
なかなか寝付けなかった。
濃いシャイも効いていた。
耳元でテントががさがさと音をたてる。
フェネックがテントをかじっているのかと思ったが、風の仕業だった。
ずっと高いところでも、風が砂漠を渡っていく音が聞こえた。

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翌朝、岩のひとつに登って、日の出を見た。

闇が払われた砂漠は、夜とはまるで様子が違う。
また岩の周りを歩く。
たくさんの私の足跡があった。
それらの間を、小さな足跡が横切っていた。
フェネックのものだった。

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◆砂丘

マグディとサムハーがキャンプを撤収している間、うさぎ岩まで歩く。
大きな車のわだちが、タイヤのふちをにじませて続いていた。
人の足跡もそうだけれど、新しいものは鮮明で、
時間がたったものは風で輪郭がにじんでいる。
ベドウィンは、タイヤの跡で、
その車が誰のものか、何日前に通ったのかがわかるという。

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追いついたトヨタに乗り込み、らくだ岩、鳥の岩、マッシュルーム岩と、
来たときと逆の順に岩をたどる。

もう一度、パウダーサンドの丘に挑戦した。
昨日より丘のスケールが大きい。
車は見事に砂地を走りぬけ、高い砂丘のふもとまで迫った。

私が写真をとっていると、サムハーはもう砂丘の斜面に腰をおろしている。
マグディもその横に、人ひとり分のスペースを空けて座る。
サムハーが私に、ここに座れと、まんなかの砂地をとんとんとたたく。
三人で記念写真を撮る。

サムハーがふらりと立ち上がり、砂丘を登り始めた。
私とアムロ君も続いた。
サムハーはざくざくと砂に裸足の足を踏み入れ、
あっというまに頂上まで登ってしまった。
さすがベドウィン! と感嘆の声が漏れた。

頂上で、来いよ、と手招きしている。
アムロくんは、ムリムリ、と手を振る。
私は登ってみる気になった。
が、埋まった足を、引き抜き、引き抜きしているだけで、
登っているというより、足踏み状態に近い。

見かねてサムハーが降りてきて、
手を差しのべてくれた(彼もイスラムなんだけれど)。
その手につかまり、引っ張り上げられるようにして、
ついに頂上に着いた。

砂のエッジが続いている。
風が強い。
よく見るとエッジの砂が、水のように風に流れている。
こうして砂丘は移動していく。

見下ろすと砂丘の途中でアムロ君が両手を広げていた。
そのさらに下にトヨタとマグディ。
道路は、どこにも見えない。

バウィーティー村に戻る前に、小さな泉と鉱泉に寄った。
井戸、とアムロくんは言ったけれど、水は枯れていた。
鉱泉のほうはお湯がたっぷりと湧き出ていて、
足先しか入れられないほど熱かった。
見ると、それまでずっと砂漠で裸足だったマグディとサムハーが、
サンダルを履いている。
砂漠ツアーの、終わりだった。

カイロに戻る砂漠ロードで、除雪車ならぬ除砂車を見た。
アスファルトを侵食する砂を、けなげにも一台で、砂漠に押し戻していた。
砂丘で砂をすくったときの、頼りない感触を思い出す。
砂はまるで水のように、握ろうと力を込める指の間から、滑り落ちてしまった。
人は砂を捕えることは出来ない。
砂に捕えられるしかないのだ。

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(終わり。まだ書きたいことはいっぱいあるけれど……)

 

【おまけ】
私がうまく取れなかった砂丘の砂の動きが、
しっかりと写ってる動画をみつけたので、借りてきました。
フェネックもいるよ。(by Egypt Desert)

 

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