「テロ」より怖い「テロが怖い」

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昨日のテレビ朝日『いま世界は』のアンケートの結果 に、考え込んでしまった。
Yahooと連動した意識調査で、
設問は、「テロの不安を感じる?」である。
現時点の集計は以下の通り(2/23 夕方)。
番組中ともほとんど変わっていない。

不安は感じない…13.1%、
日本にいても不安を感じる…46.6%
海外に行くなら不安を感じる…39.5%
分からない/その他…0.8%

不安に感じている人、特に、「日本にいても不安に感じる」人が予想以上に多くて驚いた。こう答えた人たちは、いったいどんな人がどのような政治目的で、日本で、「テロ」を起こすと考えているのだろう。また、「海外に行くなら…」と答えた人は、海外のどこを想定しているのだろう。

おそらく、具体的なイメージがあるわけではなく、ばくぜんとした「不安」を感じているのだろう。路上インタビューで留学をためらっているという女性の行き先がエクアドルであった。私はエクアドルがどのような状況にあるのかほとんど知らないけれど、エクアドルで日本人がテロ被害にあうリスクが、以前に比べてそれほど高まっているのだろうか、と首をひねってしまった。

路上インタビューでは、外国人の答えが日本人とあまりにちがっていた。日本に観光に来ている人たちは、日本が安全と思って来ているのだろうから、「不安は感じない」が多いのは当たり前かもしれない。だが、韓国系のアメリカ人女性の答えは一聴に値するものであった。

彼女は、「私はテロリストに自分の自由を脅かされたくはない。だから自由に旅行しているのよ」というような言い方をしていた。「テロに屈しない」とはこういうことだ、というお手本のような答えではないか。

この間、「テロリストの思うツボ」という言い方が異なった文脈で語られるのを耳にした。中では、「安倍批判はIS擁護につながるから『テロリストの思うツボ』である」という声が大きいようで、それって方向がずれてない ? とは思っていた。

「テロ」の目指すところは、暴力によって政治的主張を通そうというもので、恐怖を与えることが第一義的に重要である。その意味でISは、このアンケート結果に大満足であろう。「テロリストの思うツボ」という表現は、このようなときに使う。

もうひとつ疑問に思ったのは、日本では「テロ」という言葉がどのように定義されているのだろう、ということだ。ちょうど20年前、オウムが地下鉄サリン事件を起こした。あれをほとんどの人は「テロ」と思っているのではないか。だが、あの事件に政治的主張はなかった。オウムの殺人は「邪魔者は消せ」であり、詰まるところ自己保身だった。それがあまりに常軌を逸していたから度肝を抜かれ、その理路が解明されないまま、不穏であいまいな「怖れ」だけがシンボリックに残っている、私はそんなふうに感じている。

日本で起きた「テロ」に相当するような事件を調べてみると、イスラムに関しては、1991年の『悪魔の詩』翻訳者が殺害された事件のみである。2004年にやはりイラクで、イラク戦争自衛隊派遣に抗議した日本人人質殺害事件が起きたが、その後も関連テロは皆無である。

路上インタビューでは、「東京オリンピックにテロリストが入ってくるかもしれない」との答えがあったが、この不安はわかる。東京マラソンのランニングポリスもなかなかいいアイデアだと思う。でも、今の日本に、ISが「テロ」実行を目的に入国することはあまりに考えにくいし、ISに呼応して勝手連的にテロ行為を行う組織や個人の存在が、これを機に一気に増えるとも思えない。

ISに関しては、ただし、懸念が無いわけではない。日本が対「イスラム国」有志連合の一員であるのは最初からであるし、軍事行動に参加していない日本以外の国も多数ある。その中で、日本が「積極的」に「テロと闘う」立場をアピールすることのリスクである。アメリカの戦争に真っ先に賛同の声を挙げる日本は、やはりこれまで長い時間をかけて築いてきた、中東アラブイスラム世界における「安全保障」を失いつつあること、そしてこの「安全保障」は、集団的自衛権の行使拡大や、自衛隊派遣法制化などにより、さらにたやすく失われていく、ということだ。

ばくぜんとした根拠のない「テロが怖い」という不安が、もし、このような方向への推進力となるのなら、日本における「テロが怖い」は、現実のものになっていくのかもしれない。私が怖れるのはこの事である。

昨日の「いま世界は」にも出演していた宮田律氏が、外国特派員協会で行った記者会見を、そのあと偶然視聴した。1月28日に行われたものである。
「イスラム国」邦人拘束は「世界の矛盾」が凝縮されたような事件 宮田律氏が会見 | THE PAGE(ザ・ページ)

宮田氏は注目している中東研究者の一人であるが、地元の大学で教えていることもあって、シンパシーを持ってFBの発言などを追っている。FBではイスラム世界の現状や問題点、また日本との友好的な関係について、美しい写真と共に精力的に発信している。この記者会見は、その宮田氏が、日本がIS(の引き起こした危機)に対してどのような対応をするべきかの一つの提言として、注目に値するものであった。

宮田氏は、IS支配下のシリアとイラクの人々の困窮に対して、日本は医療や食料などの人道的支援を行うべきだ、と言う。具体的にどう届けるのかについては、赤新月社(イスラム圏で赤十字活動を行う組織)を通して、あるいはイラク政府にチャンネルを作らせるべきだ、とも語った。

それはIS支援ではないのか、という批判を踏まえた上での提言である。つまり、ISのこれほど短期間の伸長は、2003年のイラク戦争後、シーア派政権があまりにスンニ派を暴力的に弾圧した結果、多くのスンニ派部族が、シーア派政権の打倒や、ISの説くカリフ制による理想の共同体樹立に対して、一定の支持を与えた結果である。そうでなければ、あれほどの面を統治することは不可能である。私たちは、ISを受け入れ、支持している人たちがいるということを忘れてはならない。人々の心をISから離反させるためにも、イラク政府はスンニ派のこれらの部族への手当てをきちんとする必要がある、と言うのだ。

シリアにおいても、アサド政権の空爆などがあまりに酷くて、それよりもISの統治による安定のほうがましだとする声を、聞いたことがある。要するにあの地域には酷い暴力と、それよりもさらに酷い暴力があって、よりましな方を選択するしかない、ということのようにもとれる。

イラクにおいては、2003年のイラク戦争を起こしたアメリカと、そのアメリカを支持した日本をはじめとする世界は、確かにイラクの戦後の国づくりに責任がある。独裁体制を倒せばあとは順当かつ自動的に民主化する、という見通しはあまりに甘いものだった。また、イラクという国や国民のありようを全く無視したものでもあった。そこに、数十万人というイラクの死者が横たわっている。

この死者たちの上に、自国の兵の戦死者や、戦闘に巻き込まれたジャーナリストや、人質の死がある。これらの死者たちの上にさらに死者を積み重ねることで、イラクやシリアに平和が訪れるとは、到底思えない。2001年から始まった「テロとの戦争」が、テロを減らすどころか増やしてしまっている現実を、冷静に見なければいけない。日本が10年遅れでこの誤った「テロとの戦争」に突き進んでも、同じ轍を踏むだけであろう。「テロ」は、「テロ」が生まれる条件が無くならなければ無くなることはない。であれば、日本の「テロ」根絶への動きは、軍事ではないだろう。

上記の提言と同様のことは中田考氏も述べていたが、あまり報道もされずに流れてしまった。だがこれは、熟孝に値する、非常に重要な提言であると、あらためて思ったのであった。

また宮田氏は、日本の政治家が、あまりに「テロには屈しない」「テロリストとは交渉しない」と「テロ」という言葉を不用意に口にしすぎるのではないかと、指摘していた。ISを刺激するだけでなく、そこにはISを「テロ組織」と見ていない人たちもいるわけですし、と。

「テロ」というのは暴力による政治的な主張であると先に書いたが、その定義は定まっていない。ただし、一つだけ確かなことは、「テロリスト」と相手を呼ぶことは、問答無用なレッテル貼りである、ということだ。つまり、「テロ」も「テロリスト」も罵倒語なのだ。罵倒しているだけでその背景や条件を見ず、その声を聞かずして、「テロとの戦争」に勝てるわけはない。

映画監督の相田和弘氏はこんなふうに言っている。

軍事力でテロ組織は壊滅できたとしても「テロリスト」は無くせない。
なぜならテロリストというのは属性ではなくアイデアだから。
アイデアに共鳴する人が増える環境がある限り、テロリストは根絶できない。
そして911以後の「テロとの戦い」は、アイデアに共鳴する人を減らすどころか激増させている。
米国主導の「テロとの戦い」は、「テロリストは殺せば殺すほど減る」という誤解の元に行われてきた。
だが実際には、一人のテロリストを殺せば二人のテロリストが生まれるのではないか。
攻撃の際に一般市民も巻き添えになれば、五人も六人も生まれるだろう。
テロリストとは属性ではなくアイデアだから。
http://sun.ap.teacup.com/souun/16455.html

宮田氏は、日本の取るべき方法として、とくにISに支配地域に人道支援を行うことのほか、私たちが中東の国や人々のことを、そこで起こっていることや、その歴史や背景や、彼らの主張を知ろうとすることの重要性を語っていた。漠然とした不安も怖れも、知らないこと、知ろうとしないことから生まれるのだと、私も思う。

実はずっと、オウムと「イスラム国」についてあれこれ考えていて、それがなかなかまとまらない。友人がオウムとISを対比させていたこともあるけれど、「テロ」というとごく自然にオウムが出てくるところにも、日本的なガラパゴス性を感じるし、ここを入り口に考えることは、案外大事かもしれないと思うんだけれど。

2016.7.06 バングラデシュで日本人犠牲に…

7月1日のバングラデシュ・ダッカ。レストランが襲撃され、日本人も巻き込まれる悲痛な結果となってしまった。

今年のラマダンでは、ISがラマダン中のジハードを呼びかけていた。結果、この呼びかけに呼応するように、世界各地で「テロ」が連続していた。米フロリダのナイトクラブでの49人(6月12日)、イスタンブール空港の44人(同28日)、と犠牲者の数も多い(7月3日のイラク・バグダッドでは213人という桁違いの惨事となった)。

新聞報道には、親日国であるバングラデシュの、中でも最も治安の良い地域で「テロ」が起きたことがショックだ、というようなコメントがあった。また、自分は日本人だ、撃たないでくれ、と襲撃犯に命乞いをした人がいたともいう。

犠牲者はJAICAや鉄道技術者等バングラデシュを支援する立場にあった。この人たちには、自分がバングラデシュの味方でこそあれ、敵ではない、バングラデシュ人もそう見做してくれている、という思いがあったと推察される。

だが、昨年11月の外務省の安全スポット情報では、「テロ」注意喚起がバングラデシュにも出されていた。10月3日に北部で農業関連事業に関わっていた日本人男性が殺害される事件があった。この事件にもISの犯行声明が出ていた。

今日の毎日新聞によると、JAICAは10月にバングラデシュの青年海外協力隊員ら48人を帰国させていた。ただ、都市部に滞在するプロジェクトスタッフは帰国させず、「移動する際には必ず車両を利用し、不要な夜間の外出を控える」ことなどを求めていた、という。
人質テロ JICA一部昨秋帰国 治安悪化受け 都市は活動継続

JICA の判断は、10月の事件は日本人を狙ったテロという可能性もあり、特に地方での危険性が高まっている、というものであった。「日本人であること」は安全保障とならないという認識はすでにあった、ということである。だが残念ながら、「(都市部は)治安が良い」は、「日本人であること」と同様、安全保障ではな かった。

殺害された22人の内イタリア人が9名、日本人は7名。気になるのは、犠牲者の国籍の偏りだ。昨年秋には10月の日本人に先立ち、9月にイタリア人が殺害されている。それだけバングラデシュには日本人とイタリア人が多いのだろうか。

偶然ということも考えられるが、何故このレストランが選ばれたのか、ということと併せて、このあたりの分析も、今後のリスク回避のためにも必要だと思う。

IS の言う「十字軍陣営」であり、それを積極的に国の首相がアピールし、更にアメリカの戦争に加担する法律まで通してしまった日本の国民は、もはや「テロ」の 除外対象ではない。ということと同時に、日本人が狙われたとして、考えられるのは、政権にとってのダメージの大きさや宣伝効果である。

日本はバングラデシュにとって重要な支援国だという。繊維産業ではイタリアがおそらくそうなのであろう。そのような支援協力国では、支援協力国であるがゆえに ショックも大きく、従って報道も大々的にされるだろう。結果、投資や人的援助が減る。これは時の政権にとって大きな打撃となる。

当初バングラデシュ政府は、ISはバングラデシュにはいない、彼らの戦闘地域であるイラク・シリアは遠い、といってISの関与を否定していた。この事件がIS主導によるものか、あるいはISシンパ組織の犯行に後追いでISが犯行声明を出したのかは、よくわかっていないようだ。

昨日あたりから、実行犯は裕福な若者たちであったことが衝撃を持って報道されている。だが、知りたいのは、彼らをリクルートし、訓練し、計画を練ったたのはどういう勢力であるのか、ということである。

毎日の以下の記事で日下部尚徳氏の解説を読んで、ようやくバングラデシュという国の今の問題が見えた気がした。同時に、ISはいないと否定する理由もわかった。
バングラテロの衝撃 毎日新聞 7月3日

 この国では2009年に政権に返り咲いたアワミ連盟が、イスラム主義政党の「イスラム協会(JI)」や、これと連立政権を組んでいた「バングラデシュ民族主義党(BNP)」の指導者を徹底的に追い詰める政策を取ってきた。

  特にパキスタンからの独立(1971年)時の戦争犯罪を裁く特別法廷で、独立に反対し、虐殺行為に加担したとされるイスラム協会幹部に死刑判決を言い渡すなど、アワミ連盟が敵視する勢力の指導者を次々と死に追いやった。特別法廷の設置を公約して総選挙に勝ったこともあり、世論の支持があると考えているのだろう。ただ、こうした強権的な手法への反発は少なくなかった。

 しかも、イスラム協会やバングラデシュ民族主 義党は政権に関わることができないため資金が枯渇した。このため、デモやストライキなど動員に資金がかかる 方法で政権に対抗することができず、非合法な手段に訴えるようになった。イスラム協会と関係が深いとされるイスラム過激派組織「ジャマトル・ムジャヒディ ン・バングラデシュ」(JMB)などの活動も活発になっている。日本人男性が射殺された15年10月の事件や過激思想に反対するブロガーの殺害事件などがその例とみられる。今回のテロもJMBが関与した可能性は高い。

 15年のイスラム教シーア派施設の爆破事件、 日本人男性の殺害事件などではIS支部を名乗るグループが犯行声明を出したが、アワミ連盟政権は国内での ISの活動を否定してきた。明確な証拠がないことも理由の一つだが、関係が深い米国やインドから「バングラがイスラム過激派の温床になっている」と受け止められ、海外からの投資や援助に影響が出ることを警戒しているのが大きい。

 今回、犯行を主張するISが必要な 資金を提供した可能性はある。ただ、組織として直接の関与は現段階ではまだ薄いのではないか。一方で、バングラ国内で はISのリクルーターが逮捕されており、ISが少しずつ浸透し始めているのも事実だ。政権も危機感を強めているのは間違いない。

 当局は今年6月、約100人のJMB関係者を含む約1万人を拘束した。こうした徹底した取り締まりへの反発で今回のテロが起きた可能性もある。ただ政権が警戒を強めていた中で、首都ダッカで大規模なテロ事件が起きたことの衝撃は大きい。

 アワミ連盟は、今後も政権維持を目指して野党勢力への攻勢を強めるだろう。バングラ国内では治安悪化への国民の不満もあり、政権はJMBを徹底的に抑え付けて、テロの芽を摘もうとする。

 ただ、それによってこうした勢力はさらに地下に潜ることになる。強権化により事態が悪化することが懸念される。

残念ながら、たとえ親日的な国であっても、その国の強権抑圧的な政策によって、あるいはなんらかの社会的な構造によって溜めこまれた怨念がある限り、そしてそれがひとたびISなどのプロパガンダと結びついてしまえば、ISの関与があっても無くても「テロ」は起きる、ということなのだと思う。

7 月1日は、アメリカから中東・アジア(28日にはマレーシアのナイトクラブに手投げ弾が投げ込まれている)にまたがって「テロ」が起きている中での、ラマ ダン最終金曜日(イスラム集団礼拝が行われる休日)であった(このあとも3日のイラク、4日サウジアラビア、5日インドネシアと続いている)。

「テロ」に巻き込まれないためには、その国の社会に溜めこまれたものにも思いを致すことと、狙われやすい場所の割り出し、予想、そしてイスラム過激主義者がラマダンなどに出すメッセージなどにも目配りしておかなければいけない、ということだ。JAICAはそれをしていただろうに、あの一日のあの時間、あの場所だ けがその目配りから漏れてしまった。それが残念でならない。

asahi-20160706
画像/朝日新聞

追記 2017.5.23

イスラム圏に出かける旅行者だけでなく、今年もラマダン月は要注意!
ISのテロが5月27日からのラマダーン月に起きるかもしれない(Newsweek 2017.5.23)

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