「イスラム国(IS)」戦闘員希望北大生の件 — 捜査と報道にざらつき感強し ! 追記 10/14,17

北大生の、イスラム国(IS)に参加する目的でのシリア渡航計画が発覚し、
当人は事情聴取の上パスポートをはく奪された。
渡航計画というだけなのに、ニュースの扱いがけっこう大きい。
しかも渡航を希望していた当の本人や、
リクルートビラを貼った古書店関係者ではなく、
関係者からの依頼で仲介の労をとる羽目になった中田孝氏と、
中田氏から北大生を紹介されたジャーナリストの常岡さんばかりが出てくる。
結局今回の事件化(とニュース化)の目的は、
中田氏と常岡氏の持っている情報欲しさ、あるいは、
最近突出が目につく二人に対する行動抑制ではないのか。

もう一つ、ISへの外国人戦闘員参加の流れを阻止しようという国連決議を受けてのもの、という見方もあるが、そうなると一石三鳥である(どころか、実は一石四鳥ではないのか、と思える見方もあるが、それは後で)。

公安がマスコミにリークしたことは、中田氏が「家宅捜索が終わって警察が帰ったあとすぐにピンポンと鳴ったので、何か忘れものかと思ってドアを開けたらマスコミだった」との発言からも明らかだ(IWJ か Videonews.com)。

いずれにしろマスコミには、氏の応答から扇情的な一部分だけをつまみ書きし、読者を特定のイメージに誘導するような記事(朝日新聞 10/9日 )が目につく。はては本人に取材もせずに書かれた記事も出てきた(週刊ポスト 10/24号)。

週刊ポストの実際の記事タイトルは、”「イスラム国」志願兵事件で家宅捜索された客員教授が「公安の情報操作」を告発”、というもの。11日の朝日新聞広告には、「公安の嘘独占告白」とあり、告発が告白になり、週刊誌お得意の独占という枕詞が添えられている。内容については読んでいないから何とも言えないし、もしかしたら本人の意図をきちんと汲み取ったものかもしれないけれど、すでにマスコミ全体としては氏の言説をねじまげて拡散しているように思う。

朝日新聞の上記記事では、氏とのやり取りがごくごく簡単に、こう紹介されている。

 ――学生の渡航にどう関わったのか。

 「学生がトルコに着いたら、『イスラム国』側に連絡する予定だった」

 ――事前の連絡は。

 「『イスラム国』の司令官と『その頃に行く』『大丈夫』というやりとりをした。司令官には、学生は(旅行者でなく)移住者として行くと伝えた。移住者のほとんどは戦闘員になる」

 ――どんな思いでこういうことをしたのか。

 「人生は面白く生きて面白く死ねばいい。死にたいという人には『いいところがある』と伝える。ただ、普通は実際に行かないだろう。私は『イスラム国』に忠誠を誓っておらず、勧誘もしていない」

最後の設問であるISへの仲介の動機は、今回の件では北大生本人の動機と併せて一番重要な論点であるのに、たった数行の、しかも真意を伝えているとはとても思えない文言をぽんと放り投げて記事を締めくくっている。前後の文脈を無視したずいぶん乱暴な書き方であるだけでなく、選ばれて置かれた言葉に、特定のイメージを与える強烈なメッセージ性を持たせている点で、犯罪的ですらある。
(※10/14日朝日記者によるフォロー記事が出た。末尾に付記

中田さんのことを知らない多くの読者は、この部分を読んで、おそらく、「人の生き死にに関することなのに、しかも『テロ組織』に参加しようという犯罪行為に対して、なんて無責任でいい加減なことを言うのか、けしからん」と思うはずだ。

中田さんは、IWJ か Videonews.com (両方が頭の中で混ざってしまっていて記憶があいまい)のインタビューでも、「人生は面白く生きて面白く死ねばいい……」とほぼ同じような言い方している。ただし、それは以下のような文脈で、である。

”イスラムの考え方ではこの世は仮の世で、来世こそが重要である。ただし、だからといってこの世がどうでもいいわけではない。この世でよりよく生きることが来世での真の幸福につながる。そのようなイスラムの死生観が(に加えて中田さん個人の現世に対する執着の薄さも)ある。ただし、イスラムでは自殺は禁じられているし、ジハードといってもムスリム同士の争いは避けるし、そう簡単に死ねるわけではない。

またムスリムの立場ではイスラム入信は歓迎すべきことである。北大生が本人の意志でムスリムとしてISに行くのに反対する理由はない。また、これまでも多くの若者がイスラム世界に留学や渡航するのを援助してきたが、今回の仲介もその一つである。

イスラムでは成人男子は全員戦闘員と見做されるが、その場合の戦闘・ジハードは武器を持って戦うことだけを意味しない。正しくイスラム法的な共同体を作り上げ、日々イスラムを実践する「たたかい」の全てを指す。

ISは(職業としての)リクルートを行っていない。私も勧誘などしていない。ただしISは世界のムスリムたちに、カリフ国への移住を、特に知識人に求めている。そのようなこともあり、個人的には、彼には数学者としてISの国作りにかかわり、日本とイスラム世界との懸け橋のような役割を担ってほしいと望んでいた。

私は現行のISのやり方を支持しているわけではなく、むしろほとんどの点で反対である。だがカリフ国としてのイスラム法的正統性は認めており、それは合法的に選ばれた安倍政権をいただく日本においてその政権の方策を批判しながらも日本を支持するのと同じである。だがそれ以前に、周辺のイスラム国がいかにイスラム法的に間違っているかを批判しているので、ISを全面的に支持しているように見えてしまう。”

と書いてみたけれど、これでも、何で戦闘員になりたいというのを応援するかねえ、という批判は残るだろう。実際に戦争が行われている地に若者を送り出すことの是非は、私たちの感覚からいったら当然問われるべきことではある。だが、それとは別に、中田さんをとんでもない悪者に仕立て上げようとする意図や、イスラムに対する(無自覚な)悪意、ISをテロ組織として全否定する米欧の見方の無批判な受容と拡散、といったことの是非がある。マスコミが前者の是非で後者の是非を糊塗してしまっていることは、しっかりと見ておくべきである。

中田さんは裏表のないまっすぐな人で、Twitter中毒(失礼!)でもあり、イスラム法学者として、カリフ制再興を訴えるムスリムとして、独特のひねりのある、ある種奔放とも言える発言を重ねていた。だが、今回の件ではあまりにマスコミが歪曲した記事ばかりを書くので、弁護士の薦めに従いついにツイート自粛中という。ことは言論の自由と信教の自由にも及んでいる。

先に一石四鳥なのかもしれないと書いたが、四羽目の鳥は言論・報道の自由にかんするものだ。今回の私戦予備・陰謀という罪状を初めて耳にして、いったいどんな法律なのか、この件への適用は妥当なのか、という疑問がわいてくるけれど、国連決議も出ている対IS協力規制・阻止であるという点で、これらの問いが打ち消されてしまっているように思う。これを清水勉弁護士は、「12月に施行される秘密保護法の予行練習と見るべきだ」と指摘している。
私戦予備・陰謀罪は秘密保護法の予行練習・公安警察に詳しい清水勉弁護士に聞く (Videonews.com 10/10)

清水氏はまた、今回の捜査がテロリストグループへの参加準備を理由としている点に着目。12月に秘密保護法が施行されれば、公安警察は「テロ関連で秘密保護法違反の疑いがある」とさえ主張すれば、その秘密が何かを明かすことなく、根こそぎ関連の証拠を持って行くことが可能になるが、今回は法の施行前だったため、誰も聞いたことがない「私戦予備・陰謀罪」を引っ張り出してきて、秘密保護法違反捜査の予行演習をしたかったのではないかと語った。

清水氏は今回の罪状に関して、法解釈的に妥当ではないと述べている。きちんと罪を問うべき事件であるのなら、刑事警察が早い段階で逮捕し、起訴まで持っていくはずだ。それをせず、公安警察によるガサ入れと事情聴取だけで終わっているのは、情報源をすべて押収することや萎縮抑止効果が目的だろう。問題は、これによって、たとえ起訴まで持っていけないような案件であっても、刑事警察が乗り出すまでもなく目的を達することが可能になること。これから日本は、国に不安を与えるようなことをする人たちに対しては公安が捜査・事情聴取をする、個人の情報は必要なものだけでなく根こそぎ持っていく、そういうことが簡単に行われる国になっていく恐れがある、というのである。

参考

自由主義者の「イスラーム国」論~あるいは中田考「先輩」について
(中東・イスラーム学の風姿花伝 10/09)
池内 恵 – 先日の「イスラーム国」への北大生参加問題で、すっかり「サブカル」として日本でごく少数のフリンジな方々に受… | (FB 10/9)
イスラム国・北大生騒動の内幕を渦中のジャーナリスト常岡浩介氏に聞いた(東京 BreakingNews 10/11)
イスラム国志願・北大生騒動は”トンデモ茶番劇”だった – (DMMニュース 10/11)
イスラム国へのリクルートはしていない・渦中の大学教授中田氏が再出演 (Videonews.com 10/11)
日刊ゲンダイ|北大生「イスラム国」騒動で吹き飛んだ湯川遥菜さん救出計画
(日刊ゲンダイ 10/11)
ハッサン中田さんのこと 2: 王様の耳そうじ
岩上安身による中田考・元同志社大学神学部教授 緊急インタビュー (動画) | IWJ Independent Web Journal (10/9)
イスラーム国の論理とそれを欧米が容認できない理由 (Videonews.com 10/4)

 

10/14

上記で批判した朝日新聞10/月9日の記事に関して、当の朝日から記事中の文章(私が問題視した最後の応答部分)を引いて補足説明する記事が出てきた。川上泰徳氏による朝日中東マガジンの、「中田氏にインタビューした記者は、中田氏の言葉を伝えながらも、それがイスラムの教えだということには理解していなかったかもしれない。」とするもの。密にムスリムたちの世界に触れ、イスラムにも詳しい経験豊富な川上さんが取材していたら、あんな記事にはならなかった、だろうか。

内容は、上記で要約を試みた前後の文脈を、コーランの章句なども引いてていねいに書き説いたもの。これだけのボリュームで言葉を重ねて、ようやくなんとか理解を得られるのだとしたら、やはり新聞紙面では、中田氏の物言いの意図背景まで含めてわかりやすく記述することは難しかったかもしれない、という気もする。

それでも、一般読者の目にはあまり触れないだろうけれど、あえて異例のフォロー記事が書かれたことは評価したい。

北大生「イスラム国」渡航未遂事件から見えてくるもの
(朝日中東マガジン10/14)

10/17

ようやく朝日新聞に、私戦予備・陰謀罪のこの件への適用はおかしいのではないか、との記事が掲載された。「個人で航空券の手配をしただけでは私戦予備・陰謀罪には当たらない」との清水弁護士の見解とも一致している。
イスラム国参加、私戦予備罪って? 条文「化石みたい」:朝日新聞デジタル(10/17)

 何をしたら「予備」なのか。専門書では「兵器、弾薬、兵員の調達」などと説明されることが多い。内田教授は「国家に戦争を仕掛けるのだから、一定規模の人数で組織的に企てることが前提とすべきだ」。

 では義勇兵として紛争地に行く場合はどうか。「現地組織による募集などが無く、1人で勝手に行くなら当たらないのでは」。映画「ランボー3怒りのアフガン」のように、アフガニスタンに単身乗り込んで戦う主人公がもしいたとしても「当たらないでしょうし、まず一般人には無理ですよね」。

イラクなどで米軍の任務の一部を担うような民間軍事会社や、フランス軍の外人部隊に加わる場合は、「国家の戦闘行為と一体であれば、そもそも私戦とは言えないと思う」。

 公安警察に詳しいジャーナリストの青木理さんは「公安部が存在意義を内外に示したかっただけでは」と批判的だ。「かなり無理して私戦予備を当てはめている。解釈を拡大して適用するのは、適正手続きの観点からも法治国家にとって危険だ」と警鐘を鳴らす。

 

10/23

朝日新聞が再び中田氏の意見を掲載。
(耕論)「イスラム国」を考える 保坂修司さん、ポール・ロジャーズさん、中田考さん:朝日新聞デジタル (10/23)

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